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第十一話 手を離さない

夜が更けていた。


 屋敷の中は静かで、

 遠くで時計の針が、規則正しく時を刻んでいる。


 エリシアは、自室の椅子に腰掛け、

 ベッドの上を見つめていた。


 ミラは、眠っている。


 淡い光は落ち着き、

 呼吸も穏やかだった。


 ——大丈夫。


 そう思える。


 それが、

 少し前までの自分には、

 考えられなかったことだと、

 エリシアはふと思う。


 いつもなら、

 眠っている誰かを見ると、

 胸の奥がざわついた。


 起きなくなったらどうしよう。

 いなくなったらどうしよう。


 理由のわからない不安が、

 必ず、顔を出した。


 でも、今は。


 エリシアは、

 そっと立ち上がり、

 ベッドのそばへ歩み寄る。


 ミラの小さな手が、

 シーツの上に出ていた。


 無意識に、

 指先を伸ばす。


 ——離れない。


 その言葉が、

 胸の中に浮かぶ。


 祈りでも、

 願いでもなかった。


 ただの、

 事実だった。


 エリシアは、

 ミラの手に、

 そっと触れた。


 小さな温度。


 それに応えるように、

 ミラの光が、

 わずかに強まる。


 不安は、

 消えたわけじゃない。


 それでも。


 ——逃げたい、とは思わなかった。


 エリシアは、

 自分の胸に、

 その変化を見つけて、

 静かに息を吸う。


 これまで、

 守られる側だと思っていた。


 家族に。

 屋敷に。

 この国に。


 でも。


 今は違う。


 少なくとも、

 この小さな存在にとっては。


 エリシアは、

 ミラのそばに腰を下ろし、

 椅子を引き寄せる。


 逃げ道は、

 いくらでもあった。


 誰かに任せることもできた。

 強い結界に、

 すべてを委ねることもできた。


 それでも、

 ここにいる。


 ——私が、いる。


 その事実が、

 胸の奥で、

 ゆっくりと形を持つ。


 守る、という言葉は、

 まだ、しっくりこない。


 立派な覚悟も、

 英雄の決意も、

 ない。


 ただ。


 手を、離さない。


 それだけだった。


 ミラが、

 小さく寝返りを打つ。


 羽が、

 かすかに光る。


 エリシアは、

 反射的に、

 その手を包んだ。


「……大丈夫」


 声は、

 ほとんど、息だった。


 ミラの光が、

 落ち着く。


 エリシアは、

 その様子を見つめながら、

 はじめて気づいた。


 ——怖くない。


 守れなかったらどうしよう、

 という不安は、

 まだある。


 それでも。


 逃げない自分が、

 ここにいる。


 エリシアは、

 静かに、

 目を閉じた。


 誰かに守られてきた時間は、

 確かに、

 自分を生かしてくれた。


 そして今。


 その手の中に、

 守るべき温度がある。


 ——それで、いい。


 エリシアは、

 ミラのそばで、

 夜が明けるまで、

 そこにいた。


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