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第十話 守るための理屈



 ミラが眠っているあいだ、

 ルシアンは屋敷の奥にある書斎へ向かった。


 厚い扉を閉め、

 壁際の棚から数冊の魔導書を引き抜く。


 古い革表紙。

 年代の異なる記述。

 すべて、精霊と魔力の関係を扱ったものだった。


「……やはり、記録は少ないな」


 独り言のように呟きながら、

 机の上に本を広げる。


 そこへ、

 エリシアとエドガーが入ってきた。


「難しい話?」


 エリシアの問いに、

 ルシアンは首を横に振る。


「難しくはない。

 ただ……

 誤解されやすい」


 そう前置きしてから、

 ゆっくりと言葉を選ぶ。


「結界、というと

 “守る膜”を想像しがちだけど」


 ルシアンは、

 机の上に小さな魔力灯を置いた。


 淡く光るそれを、

 指先で軽く叩く。


「本質は、

 隠すことだ」


「隠す……?」


 エリシアが、

 首をかしげる。


「そう。

 遮断じゃない」


 ルシアンは、

 魔力灯の周囲に、

 別の小さな魔力を流した。


 光が、

 わずかに歪む。


「魔力は、

 強ければ強いほど

 “目立つ”」


 その言葉に、

 エドガーが頷く。


「灯台の光のようなものか」


「ええ。

 ミラのような存在は、

 意図せず周囲に

 “ここにいる”と知らせてしまう」


 ルシアンは、

 視線を上げた。


「だから、

 強い結界で囲うのは逆効果だ」


「え?」


「強い結界は、

 強い魔力を使う。

 結果、

 さらに目立つ」


 エリシアは、

 思わずミラのことを思い浮かべる。


 ——また、

 狙われてしまう。


「必要なのは、

 “溶け込ませる”結界だ」


 ルシアンは、

 魔力灯の周囲に、

 ごく弱い波を重ねる。


 すると、

 光の輪郭が、

 背景に紛れるように薄れた。


「……見えなくなった」


「正確には、

 見分けられなくなった」


 ルシアンは、

 淡々と続ける。


「森の魔力、

 屋敷の地脈、

 人の生活の揺らぎ」


「それらに、

 ミラの魔力を

 同調させる」


 エリシアは、

 その言葉を、

 胸の中で繰り返す。


「……同化してるみたい」


 ぽつりと、

 そう言った。


 ルシアンは、

 一瞬だけ目を瞬かせ、

 それから、小さく頷いた。


「そうだ」


 兄は、

 静かに言う。


「結界は、

 “遠ざける”ためのものじゃない」


「ここにあることが自然なことだと、世界に思わせるためのものだ」


 エドガーが、

 腕を組む。


「……その結界、

 誰が維持する?」


 ルシアンは、

 迷わず答えた。


「僕が基礎を作る」


「そして——」


 視線が、

 エリシアに向く。


「日常の安定は、

 エリシアだ」


「え、私?」


「ミラが一番、

 魔力を落ち着かせているのは、

 お前のそばだ」


 それは、

 確認だった。


 エリシアは、

 戸惑いながらも、

 小さく頷く。


「……何か、

 特別なことをするの?」


「しない」


 即答だった。


「普通に過ごせ」


「話して、

 一緒に食事して、

 眠る」


「それが、

 一番強い」


 エリシアは、

 少しだけ笑った。


「……治癒魔法みたい」


「少し違う」


 ルシアンは、

 きっぱりと言う。


「共に生きる、それだけだ。」


 その言葉に、

 部屋の空気が、

 静かに落ち着いた。


 エドガーが、

 深く頷く。


「よし」


「我が家の結界は、

 “一緒に生きる”ためのものにしよう」


 エリシアは、

 胸の奥が、

 じんわりと温かくなるのを感じた。


 強くなくていい。

 派手じゃなくていい。


 ただ、

 ここにいる。


 それだけで、

 守れるものがある。


 エリシアは、

 そっと、

 ミラのいる部屋を思い浮かべた。


 ——大丈夫。


 今度は、

 その言葉が、

 自分自身にも向けられていた。


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