1話「目に見える数字」1129日
◾︎2030年3月6日「目に見える数字」1129日
高知の空は、やけに青かった。
東京の空と、何かが違う。
透けているというか、奥行きがあるというか。
そんなことを思いながら、俺──長坂隼人は、須崎総合高校の校門をくぐった。
転勤族の父について、東京からこの町に引っ越してきたのは去年の春。
そして今、俺はここで高校生活を始めようとしている。
人より少しだけ違うのは──
俺には「人の寿命が数字で見える」ということだ。
見えるのは、生まれつき。
頭の上に小さな数字が浮かんでいて、それがゼロになると…その人は、死ぬ。
当たり前のように感じていたこの力が、
実は誰にもあるわけじゃないと気づいたのは、小学生の時だった。
「お前は、よう気づいたな。お父さんも…昔は見えよった」
そう話してくれたのは去年の夏、帰省したときの父だった。
父は、人の寿命が見える苦しみを知っていた。
だからこそ、俺がこの須崎の学校を選ぶことに賛成してくれた。
「都会やと人が多すぎて…数字に呑まれるぞ」
その言葉は、今も脳裏に残っている。
この高校は少人数制で、1学年100人ほど。
穏やかな町で、どこか懐かしい空気が流れていた。
ただ一つだけ、俺の心を強く動かしたのは。
校門の向こうで、静かに立っていたあの子だった。
……誰だろう。
小柄で、柔らかそうな髪。うつむいた表情は緊張してるのか、それとも…何かを見ていたのか。
その子の頭の上には、「1129」という数字があった。
……約3年と少し。
ほとんどの受験生には「15000」とか「20000」以上の数字が見える。
でも、その子の数字は異様なほど小さかった。
──その時、俺はなぜか、足が止まった。
見知らぬ誰か。
だけど、その誰かが、とても遠くに行ってしまいそうで──。
「長坂隼人くん?」
名前を呼ばれて、はっとした。係の先生だ。
「受付、こっちです」
「あ、はい…!」
俺はその子の方を一度だけ見てから、小走りでその場を離れた。
──どうか、君が無事に合格しますように。
なぜだろう、そんなことを、祈るような気持ちで思っていた。
2話「名の知らない君」1129日