49.大賢者・エミル―
「これは魔王様、ごきげん麗しゅう」
ポーション工房の筆頭・ジャスミンは研究室にいた。
眼鏡に白衣姿。
調合スペースには素材をすり潰すための乳鉢、複雑な形状の蒸留器、カラフルな薬液が入れられたフラスコや試験管などが並んでいる。
「ハバネロという素材は、実に興味深いでものですわね。これを用いれば、死者をも目覚めさせるアルティメットポーションが作れるやもしれません」
(いや、無理だろ!)
「大賢者・エルミー様、こんなところにいらしたのですか!」
商会の女性が驚いた様子で言った。
「“こんなところ”とは心外ですわね。魔王様にも失礼ですよ。アンジャル王国第二王女、ソフィア殿下……」
(えぇえええええええええええええ!?)
ソフィアと呼ばれた女性は、ハッとして慌てて俺に向き直り、深々と首を垂れた。
「大変失礼なことを申してしまいました。魔王陛下……どうか、わたくしの失言をお許しください」
「二人は知り合いなのか? なんか訳あり??」
エルミーは、
「はあ~」
長い息を吐くと、
「立ち話もなんですから、お茶でも飲みながらお話ししましょう」
俺たちは応接室に移動した。
***
エルミ―は3年前まで、王家の子女の加家庭教師として王宮で暮していたそうだ。
「何不自由のない生活だっただろうに、どうしてソドムの森なんかに?」
俺が四天王を統べる以前、エルミーは森の奥の小さな家に一人で暮していた。
薬草や魔獣の素材を使って、ポーションの研究に明け暮れる日々を送っていたらしい。
「王家と一悶着ありまして……身を隠すための最適解と判断した結果ですわ」
アンジャル王国の第一王子・ユリウスは、エルミーに思いを寄せていた。
だが……。
1000年近くの齢を重ねてきたエルミーにとって、20歳にも満たないヒューマンの男など赤子同然。
叶わぬ恋だった。
諦めきれないユリウスはある日の夜、魔道具《隷属の首輪》を持ってエルミーの寝室に忍び込む。
愚かで小心者、そのくせ人一倍プライドの高い王子の行動を予測していたエルミーは、不心得者を叩きのめした。
(次の国王がこの男なら、アンジャル王国も長くはもたないでしょうね。
まあ、それはそれとして……。
いかなる理由があると、王子をボコボコにしたのは事実。
何らかの罪には問われますわよね)
面倒事に巻き込まれる前に、エルミーは王宮を出た。
「先生、どうかアンジャル王国に戻ってきてください。兄上が行ったことに対しては、心より謝罪いたします。非は全て兄上にございます。先生が罪に問われないように、わたくしが全力でお守りいたします! 王宮で暮したくないのなら、先生にふさわしい屋敷を用意いたします。お願いです! もう一度、わたくしに色々と教えてください!!」
「頭をお上げなさいソフィア。わたくしを必要だと言ってくれてありがとう。感謝しますわ」
「では……」
ソフィアが瞳を輝かせる。
エルミーは申し訳なさそうに、かぶりを振った。
「なぜ?」
「いまの生活が楽しいからですわ。長きにわたる生の中でも見たことがなかった素材がジャングリラにはあります。毎日が新発見の連続です。わたくしにとっては楽園のような場所なのですよ」
「そういうことなら仕方ありませんね……」
気の毒になるくらいソフィアは肩を落としていた。
エルミーは相当優秀な先生だったのだろう。
「本題に入ろう。エルミー、この工房にポーションのストックはあるか?」
俺は空気を変えるために努めて明るい口調で切り出すと、ソフィアから聞いた話をそのまま伝えた。
「100本程度なら、すぐにお分けできると思いますわ。ネオポーションはまだ数が少ないので30本……というところでしょうか。それでよろしければ……」
「お言葉に甘えさせていただきます。よろしくお願いいたします!」




