47.ハワード商会①
【アンジャル王国・ディラン伯爵領】
「悪いな。つきあわせてしまって……」
隣を歩くオークニーに謝る。
「とんでもない! 人間の国を訪れるのは久しぶりです。楽しんでいますよ」
ウオータールーの街を見回しながら、オークニーは愉快そうに言った。
ダークエルフであることを隠すため、フルアーマーに身を包んでいる。
「何か気になる物でもあるか?」
「この街も発展しているようですが、ルシフェルには遠く及びませんね。ただ……」
「?」
「街を行き交う人々の服のデザインの豊富さ、可愛さなどは我が国には無いものです。少しだけ、羨ましく思いますね」
なるほど!
確かに、ジャングリラの衣服は実用性一点張りで、バリエーションに乏しい。
ファッションに疎い俺は気づかなかった。
「今後の課題の一つだな。貴重な意見をありがとう」
「魔王様……」
突然、オークニーが足を止めた。
(お? なんだなんだ……?)
「ジャングリラの全ての女性を代表して申し上げます。期待しております!」
「あんまりプレッシャーをかけないでくれ。胃が痛くなる……」
「だから、あえて申し上げたのです」
「そういうの良くない。絶対に良くない! 一瞬、リリスの顔がよぎったわ……」
「光栄です、リリス様に例えていただけるとは」
「いや、褒めてないから!」
オークニーは笑い、俺も笑った。
***
ディラン伯爵は不在だった。
重要な会議に出席するため現在、王都にいるらしい。
「せっかくだから、観光がてら会いに行こうかな。オークニー、かまわないか?」
「サタン様の御心のままに」
長年、ディラン伯爵に仕えてきたという執事が、豪華な馬車と御者を用意してくれた。
転移魔法を使えば一瞬で移動できるが、冒険者ギルドに登録していないオークニーが城門を通過する時、一悶着あるかもしれない。
ディラン家の馬車ならフリーパスだというので、ありがたく使わせてもらうことにした。
伯爵と会った後、フクロウ亭に宿泊する予定だったが予定変更だ。
俺はオークニーと共に、王都へ向かった。
◇
王都までは10日ほどの道程だった。
以前、乗合馬車を利用した際にも感じたことだが、舗装されていない道での乗り心地は最悪!
木製の車輪には、強度を上げるための金属製のリムが取り付けられているだけなので、凸凹のショックが直接、伝わってくる。
今回、使わせてもらっている馬車は貴族用なので、サスペンションらしきものも付いていたが、それでも振動は酷かった。
(ジャングリラに戻ったらゴムの樹を栽培してタイヤを作ろう。シュシュとか靴底なんかにも使えるし、ドワーフなら俺には想像もつかない利用方法を見つけるかもしれない)
王都に到着した後、馬車はディラン伯爵の別邸まで俺たちを運んだ。
ディラン伯爵は王城での会議を終えて、邸宅にいた。
俺たちの突然の訪問に驚きながらも、歓迎してくれた。
「まさか、王都でお会いできるとは思ってもいませんでした。ところで、帯同されている侍従のお方は?」
応接室のテーブルを挟んで俺とディラン伯爵が向かい合って座り、オークニーは壁を背にして立っている。
隣に座るように言ったのだが、
「わたくしのような者が高貴な方たちと席を共にするわけにはまいりません」
辞退された。
「リリスの懐刀のオークニーだ。本当は俺だけで来るはずだったんだけど、『魔王が一人で国を出るな!』と説教されて……こうなった」
「なるほど……それで、私に会いに来られたのは、どのようなご用向きでしょう?」
俺は訪問の目的を告げて礼を述べると、亜空間に収納していた香水、人間の国では生産されていないブランデー、ウイスキー、日本酒などの酒類を取り出し、土産として渡した。
恐縮しまくる伯爵に、
「受け取れないとか野暮なことは言いっこなしだぜ! 感想を聞きたいから幾つか試してみてくれ」
香水の香りを確かめた伯爵は大きく目を見開き、
「これは何という高貴な香り……信じられない! 素晴らしい!」
感動していた。
伯爵は少しの間、何かを考えているようだった。
「サタン様、これらの品々を人間の国で売ってみる気はございませんか?」
「気乗りしないな。ぶっちゃけると、人間の国とは極力関係を持ちたくない」
「――?」
「海の魚は海で、川の魚は川で生きている。両者の間に争いはない。魔族と人間も、そんなふうに生きればいいと思ってる。お互いの領域は侵さない。そうすれば絶対、戦争は起こらない」
「それはそうかもしれませんが……率直に申し上げます」
伯爵によると、ジャングリラがアルニラム神皇国と不可侵条約を締結したことで、アンジャル王国は揺れているらしい。
「魔族を最も認めたくない国が、何故?」
「アルニラム神皇国は勇者を召喚したのではなかったのか?」
「いや、そもそも戦争が行われたという情報がない」
「我々の知らないところで何が起こっている!?」
ディラン伯爵が王都に滞在しているのも、魔国への対応を協議するためで、連日、王国内の貴族が一堂に会した会議が開かれているという。
意見は大きく三つに分かれていて、
①アルニラム神皇国と不可侵条約を結んだということは、人間の国に侵攻しようとしているわけではないと考えていいのではないか?かつての魔王とは、明らかに違う。共存の可能性を探ろう。
②不可侵条約を結んだということは、戦力に不安があるからなのでは?軍事大国であるエルヌタ帝国に協力を要請し、いまのうちに叩いておくべきだ!
③小国も含めた各国の動きと、魔国の対応を見極めてから方針を決めるのが無難でしょう。
現状では2番目の意見が最も多く、次いで3番目。
最初の意見は、ごく少数なのだそうだ。
「過去の戦争で、人間は魔族に対して拭いきれない恐れを抱いております。これを覆すのは、容易なことではありません。サタン様は、人間社会とは極力関係を持ちたくないとおっしゃる。でも、それでは駄目です。いつまでたっても溝は埋まらない」
「交流によって無害であることをアピールしろと?」
ディラン伯爵は頷き、ソファーから身を乗り出した。
「ルシフェル特産の香水の香り、酒類の味見させていただきましたが実に素晴らしい! 市場に出回れば、貴族の間で大評判になるでしょう。ルシフェルと友好関係を結ぶべきだ考える者が増えるはずです」
「そうなれば万々歳だけど、ジャングリラの特産品をどうやって売ればいいんだ?」
「流通に関しては、私にお任せください。アンジャル王国で一番の商会にツテがございます」
ディラン伯爵は自信に溢れた表情で言った。
***
ハワード商会の建物は、周囲と比べてもひときは大きく、外壁や窓枠には凝った彫刻で装飾されている。
商会のシンボルマークが描かれた旗も掲げられていた。
「ハワード商会は大陸中の高級品を扱っており、顧客には王族や貴族が名を連ねています。国の有力者と繋がるには、これ以上の場所はないでしょう」
ディラン伯爵は慣れた様子で商会の中に入っていくと、代表に取り次ぐように頼んだ。
すぐに、長身の活動的な顔をした男が現れた。
「これはデヴィッド義兄さん、お久しぶりです。本日、王都へはお忍びで来られたのですか?」
「サタン様、こちらがハワード商会の代表でロン・ハワードです。私の妻の弟でもあります」
(市井から妻をめとったのか。伯爵っぽいな……)
商取引の記録や重要な書類が保管されている書斎に通され、ディラン伯爵が、俺や魔国の置かれている状況を説明してくれた。
果物の味を確かめたハワードは、
「ぜひ、当商会で取り扱わせてください」
と即決した。
「ありがたいけど、そんなに簡単に決めてしまっていいのか?」
「私は商人です。儲け話の決定は先延ばししません。食べさせていただいた果実は、人間の国では味わったことがないものばかり。当商会の新たな目玉商品となるはずです」
目を輝かせている。
「そうだ。この際、魔国・ルシフェル産のフルーツということを大々的に宣伝していきましょう」
信じられない提案をしてきた。
「そんなことしたら、いくら希少価値があるといっても、売れなくなるんじゃ……」
ハワードは首を横に振った。
「魔族の食文化は、我々人間にとっては未知なるもの。人間の根源的な感情に、未知のものに対する《恐れ》、そして《憧れ》があります。後者の方を刺激する売り方をすれば、何も問題はありません」
「魔国と取引をしているなんてことが分かったら、商会に迷惑が掛かるんじゃ……?」
それは避けたい。
「魔族との取引を成功させている交渉力と胆力を持つ商会として、ますます評判が高まりますな」
ハワードは事も無げに言った。
「ハワード代表、あなたは魔族が怖くないのか?」
感心するというより、呆れてしまった。
「……もちろん、怖いですよ。ただ、同じように人間も怖い。私の商隊は過去に何度か襲撃されていますが、魔族に襲われたことは一度もないんですよ。信じられますか? 盗賊は全て人間だったのです」
ハワード商会は後日、キャラバンを率いてジャングリラへ来ることになった。
果物や酒類などの買い付けの他、ロン代表が直々に商品になりそうな品を探したいという意向だった。
訪問時、キャラバンの荷台には、王都で流行している衣服や食器類、宝飾品などを積んでくるように頼んだ。
基本は物々交換。
過不足分は金貨のやりとりという形で合意した。
商会を出た後――。
「せっかくだから、王都を見物していかない?」
俺の提案に、オークニーは迷うことなく首を横に振った。
「予定よりも大幅にジャングリラを留守にされています。リリス様も心配しておられるでしょう。戻ります!」
「こ、この……石頭ぁああああああああ!」
俺はオークニーに連行されるように、魔王城へ戻った。




