46.魔王城にて②
【魔王城】
ロキアの部屋の前に立つ。
ここへ来るのは初めてだ。
ノックする。
返事はない。
ドアノブに手をかける。
鍵は開いていた。
「俺だ……入るぞ?」
部屋の中は、ボクっ娘のロキアからは想像もつかない、乙女チックなものだった。
猫脚のドレッサー、アンティーク調の鏡、可愛らしい丸テーブル、マントルピースの上にはオルゴールや宝石箱や人形が飾られ、窓際の花瓶には薔薇の花が生けられている。
ロキアは、いた。
パステルピンクのレースのカーテンが掛けられた天蓋付きベッドの上に、ふかふかの布団を被って三角座りをしていた。
「……どうせボクは駄目な女さ」
拗ねている。
「まともな料理ひとつ作れない、女子力ゼロの哀れなフェンリルさ……」
(あ゛ぁあああああ! めんどくさい展開にぃいいいいいいい!)
「サタンくんがここへ来たってことはさ、人狼の誰かがチクったんだよね? ボクのシチューを食べて酷い目にあったって……」
殺気が凄い!
「いや、そうじゃなくてだな……」
俺はベッドに腰を下ろした。
「『魔王様のために料理を頑張っておられますよ』って言ってたから、ちょっと様子を見に来たんだよ。……まあ、満足いく出来じゃなかったみたいだけど、落ち込むな!」
「なんで緋魅狐やセーラは美味しい料理が作れるのさ……味って目に見えないじゃん? 特殊能力? 魔法?」
(おまえ、味見してないだろ……!)
「そもそも、あんなチマチマした作業、ボクには向いてないよ……ぴえん……」
涙ぐんでいる。
「苦手なら、無理にやらなくてもいいんじゃない?」
「ボクだって、いいお嫁さんになりたいもん!」
「料理が出来なくてもなれるよ。俺には10歳上の姉がいて、超が付くほどの料理音痴だけど、結婚して幸せに暮してる。共働き━━夫婦で働いているから、家事は分担しているんだそうだ。旦那さんが料理、姉が掃除と洗濯。何の問題もない。夫婦円満、比翼連理、鴛鴦之契」
「お姉さまも料理が苦手なんだ!」
ロキアが明るい表情で言った。
いつの間にか布団から脱皮している。
“お姉さま”って言われたことを知ったら、『ヤメとくれ。ガラじゃないよ』とかなんとか、身悶えするんだろうな……などと思いながら、
「面白いのは、子供が産まれて姉が変わったことだ。我が子には自分で作った料理を食べさせたいと一念発起、料理を頑張った。今では、旦那さんも唸るほどの腕前になっている。ロキアも、子供を授かればそうなるかもしれないな!」
「……男の子と女の子、どっちがいい?」
「なんの話だ?」
「ボクたちのベイビーのことさ♡」
ロキアの両頬をつまみ、思いっきり左右に引っ張ってやった。
「ひゃめへぇえ゛え゛え゛え゛え゛~、ひょうらんらぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~」
「俺が元いた世界では、たとえ冗談であっても、その種の発言はセクハラというコンプライアンス違反だ。罰として、当分の間、料理をすることを禁止する。わかったか?」
「ふぁ、ふぁかりまひふぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~」
ロキアは、コクコクと頷いた。
***
ロキアの部屋を出た後、宰相・リリスの執務室を訪ねた。
書類の山の後ろにリリスはいて、淡々と仕事をこなしていた。
「……半分、手伝おうか?」
「サタンに任せたら、国民の陳情を全部、解決しようとするのが目に見えておる。切れるところは、切る。そうでなければ手が足りんし、国が回らん。お主は甘すぎるのよ。この手の仕事は任せられん。妾が適任じゃ」
「なんか……スミマセン……」
「それはそうと、何の用じゃ?」
「何日かジャングリラを留守にするけど、いいかな? ディラン伯に礼をしたいんだ。アルニラム神皇国の動向を教えてくれたおかげで、いろいろと備えることができたからな」
「かまわんが、一人で行くつもりか?」
「何か問題があるか?」
リリスは溜息をつき、
「一国の王だという自覚を持て! サタンに、もしものことがあったらどうなる? 国民は嘆き悲しみ、人間への復讐心が再び燃え上がるじゃろう。お主は、大陸を再び戦場に変えたいのか?」
「大袈裟な! 行き先はディラン伯爵領だぜ?」
「100パーセント大丈夫だと言い切れるか? お主は、確かに強い。じゃが、甘い。一瞬の心の隙を突かれて不覚をとることもありえない話ではない」
それは……そうかもしれない。
「オークニーを護衛として連れていけ。宰相として、これだけは譲れぬ!」




