41.真夜中の大聖堂
『一連の騒動の黒幕はニコラウス教皇だった、と……』
真夜中の寝室、俺はベッドに横たわったまま念話によるナアマからの報告を聞いていた。
『はい。そして、碧たちが奴隷として売られそうだった子供たちを救出したっす』
『やるじゃないか。今度は、俺の番だな』
『メフィストフェレス様の封印を解かれるっすね』
『その通り。上位悪魔を封印した聖人とは思えない行い……ニコラウス教皇には更なる闇がありそうだからな。15年前、何があったのか生き証人に語ってもらおうじゃないか』
俺は身支度を整えるとアルニラム神皇国へ転移した。
◇
真夜中の大聖堂は、どことなく不気味な雰囲気だった。
静寂と闇――。
(悪魔に転生したというのに、暗闇が怖いだなんて妙な気分だな)
<メッセージ>『それは転生前にマスターが観たホラー映画の記憶によるものだと思われます。教会を舞台に悪霊が人間を殺すといった類の……。この地にも何体か悪霊が存在しますが、所詮は下等な存在。マスターには干渉してきませんので、ご安心を』
(なるほど……って、ここには悪霊がおるんかい!)
「魔王たる者が軽々しく動くな。もっと部下を信用しろ」
背後からリリスの声がした。
振り返ると、不機嫌そうな顔をして立っていた。
「リリス、どうしてここに?」
「ナアマは妾の直属の部下じゃからな。お主が転移したことを知って、慌てて妾に報告を寄越したわ」
「寝ているのを起こすのは気が引けたから一人で来たんだけど……」
「……相変わらず、お主は魔王としての心構えがなっとらんようじゃな」
リリスは深く溜息をついた。
「まあ、それは追い追い教育するとして、いまはメフィストフェレスの封印を解くことが先決じゃな。……ふっふっふっ、たかが大司教ごときに封印された未熟者を早く笑ってやろうではないか」
***
大聖堂の地下にある宝物庫には、何の苦労もなく辿り着けた。
ナアマによる事前調査と、リリスが展開した隠蔽の結界のおかげだ。
黄金で装飾された趣味の悪い扉の鍵を念動力を使って解除。
メフィストフェレスが封印されている魔道具の指輪は、封印の魔法陣の上に保管されていた。
「二重に封印するとは、なかなか念が入っておるの。……ほう、なかなか高位の魔法陣と見受けるが、妾の前では意味を成さん」
リリスは不敵に笑うと、魔力を魔法陣に流し込む。
即座に、魔法陣から放たれていた光が消滅した。
「もう無効化したのか? 凄いな! 何をやったんだ?」
「術式の一部を消しただけじゃ。正確に描かれていなければ、魔法陣は何の効力も持たん。下級の悪魔なら改竄できぬやもしれんが、妾クラスともなれば、人が描いた魔法陣に手を加えることなど造作もないこと」
リリスは、大きな赤い石が埋め込まれた指輪を手にする。
しばらく様々な角度から眺めていたが、
「次は指輪じゃが、さて、どうすれば効果を無効化できるのか……? サタンよ、解るか?」
解除を諦めて、ボイッと投げて寄越した。
「仲間が封印されているんだろ? もっと大切に扱え!」
「妾と魔王の手を煩わせるような輩に気遣いは無用。助けに来てもらえただけでもありがたく思え、じゃ!」
指輪から、強烈な魔力の波動が伝わってくる。
魔道具というより、魔導具と呼ぶべき代物だ。
封印を解く方法は分からない。
が、俺には強い味方がいる。
(ベルゼブブ、どうすればいい?)
<メッセージ>『……魔力の波動より解析完了。封印の術式をマスターの脳裏に投影します。マスターはイメージで術式の一部を壊してください』
文字と記号がDNAのような二重螺旋を形成して、大きな輪になっている。
三次元構造の術式だ。
床などに描かれる魔法陣は二次元。
だから、リリスにとっては盲点であり、気づかなかったのだろう。
俺はイメージの世界で螺旋の一部を消去した。
指輪から黒い霧のようなモノが立ち込める。
黒いモヤは次第に人の形となり、やがて大きな一対の角、尖った耳、鋭い牙、ドラゴンの翼、矢尻のような尻尾を持つ悪魔の姿になった。
「な、なにが起こったというのだ……我は封印から解き放たれたのか?」
「久しいの。メフィストフェレスよ……」
リリスの身体が小刻みに震えている。
感動の再会シーンだ……と思ったのも束の間。
「ぶぁっはぁっはぁ~!」
リリスが大爆笑した。
「いや~、ザコ! 大司教ごときに封印されるとはザコすぎるわぁ~。妾なら恥ずかしくて生きておれんわ~!」
「や、やかましい! 我は騙されたのだ。ペテンにかけられたのだ。詐欺被害に遭ったのだ!」
「言い訳のつもりか? 残念じゃが釈明にならんわ。人間に騙されている時点でザコ、隠しきれない小物臭、下級悪魔にも劣る存在じゃ!」
廊下の方から複数の足音が近づいてくる。
流石に気づかれたようだ。
「一度、魔王城に戻ろう。……リリス、いい加減に笑うのを止めろ! メフィストフェレス、後で『騙された』という話を詳しく聞かせてくれ」




