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37.勇者来訪③

 最初に行ったのは、ヤマトの民の居住区だった。


 岡山県倉敷市の美観地区を彷彿とさせるレトロモダンな街並みが美しい。


「鞠子、手伝ってくれて、ありがとうな! 助かったよ」 

 おかっぱ頭を撫でてやると、

「お役に立てて、うれしいです! また、いつでもお呼びください!」 

 と笑った。


「大切な物をありがとう。楽しめたよ」 

 野点の道具を、ヤマトの民の長・白田官兵衛に返す。


「過分なお言葉をいただき、身に余る思いですじゃ。魔王様に教えていただいた《いちご大福》なる甘味、我々も頂戴いたしましたが、信じられない美味! 皆も、たいそう喜んでおりました。感謝いたしますじゃ」


「ここには人間も住んでいるのか? ……いや、それ以前に、我々が今いるのは本当にソドムの森の中なのか?」


 周囲を見回しながら啞然とするエディに、

「信じられんのも無理はないが、ここはソドムの森で間違いないですじゃ。魔王様、緋魅狐様をはじめ、多くの魔人の方々の協力を賜り、このような立派な街が造られました」 

 と、官兵衛は微笑んだ。


「でも、あなた方は無理やり連れてこられたのでしょう? それで構わないのですか?」


 ニックの言葉にブチギレそうになっている緋魅狐を視線でなだめていると、

「ほっほっほっ!」 

 官兵衛が笑った。

「何か勘違いをしておられるようですな。ワシらは自分たちの意思で、この森に住みたいと魔王様に願い出ておりますじゃ。周りをよ~く御覧なされ。強制的に連れてこられた者が、はたしてあのような表情(かお)をしますかの?」


 通りを歩くヤマトの民たちは、俺や緋魅狐の姿を見ると、一様に笑顔になって会釈をしたり手を振ったりしていた。


「魔王様、先ほどの無礼な発言、なにとぞご容赦を……! どうやら、私は大変な思い違いをしていたようです」 

 ニックが深々と頭を下げる。


(奴隷狩りをしたとか思っていたのか?) 

 俺は苦笑した。


「誤解が解けたのなら問題ない。気にしないでくれ」  

 官兵衛に感謝しつつ、

「次は中心街を案内しよう。人間の国にはない食べ物、ドリンク、よかったら酒も楽しんでいってくれ!」



  ***



 ルシフェルの中央広場に転移すると、勇者一行の間から、どよめきが起こった。


「龍之介さん、あれは……いったい?」


 碧が指差したのは、噴水が作る虹の向こうに見える高さ100メートルの塔。


「魔国ジャングリラ建国記念の塔……配下の者たちが俺に内緒で建てた。サプライズだそうだ。一応、てっぺんが展望台になってる」


「広場を取り囲む建物の高さといい、俺たちの国よりも近代的だな」 

 エディは、降参しましたという感じで両手を広げた。


「露店にはホットドッグやワッフル、いろいろな果物のフレッシュジュースなんかがある。気になる物があったら、遠慮なく試してくれ。お近づきのしるしとして、今日は全て俺の奢りだ」


「龍之介さん! あれは、もしかして大判焼き!?」 

 露店の一つを指差して碧が言う。


「そうだよ。粒あんとカスタード、2種類の味がある。……というか、今川焼きって言わないか? 普通……」


「ブッブ~! わたしの実家の近所にある老舗の甘味処では、大判焼きの名称でした~! 大正時代創業です~! 《大判焼き》が正式名称です~!」


「日本の大手食品メーカーが製造している冷凍食品には今川焼と表記されていますー! コンビニでも販売されていますー! 全国的に様々な呼び名があるお菓子ですが、《今川焼き》という呼び方が最もポピュラーですーー!」


「ぬ゛ぅうううう……」 

 俺と碧は睨みあった。


「……なんの話をしているのか良くわからんが、イチャイチャするんじゃねえよ! 俺たちは何を見せられているんだ?」


「よく言いんした! ヌシとは仲良くなれそうでありんす」 

 緋魅狐はエディと握手を交わした。


「「イチャイチャしてない!!」」 

 俺と碧は同時に叫んだ。


 色とりどりの野菜や果物を積んだ馬車が、石畳の通りを行き来する様子を見ていたカールが、

「あれは、この国で採れたものですか?」 

 と、指さす。


「そうだよ」 

 俺は気を取り直して答えた。

「森の一部を農地や果樹園に変えて育てた物だ。森に自生している木の実やキノコもあるな。いずれにせよ、食べ物に不自由はしていないから、その点からも人間の国を攻めたりする必要はないってことさ」


「確かに……」 

 ニックは苦しそうな表情を浮かべ、声を絞り出すように呟いた。

「では、貧民街で起こった司教殺しの事件は何だったんだ? 『悪魔憑き』というのは嘘だったのか? それなら、現在行われている『魔人狩り』は……」


「一度、調べてみる必要があるな」


 カールの言葉に、騎士たちは大きく頷いた。

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