35.勇者来訪①
「今回の遠征は、敵情視察が目的だ。いかに、勇者・アオイ様がいらっしゃるからといっても、数で押してこられては分が悪い」
軍馬を走らせながらニックが言った。
「エディ、グランドマスターからのお達しだ。緊急の場合を除いて、戦闘は厳禁! 我々がきっかけとなり、大陸中が戦火に巻き込まれるかもしれない――教皇様は、それを一番憂いておられるそうだ」
「俺だって命は惜しい。敵のホームグラウンドで無茶はしないさ」
エディが肩をすくめる。
アルニラム神皇国の領地内で、魔国ジャングリラに一番近い城塞都市ベルメを出て2日目の朝、碧たちは目的地まであと少しという場所まで来ていた。
「そういえばアオイ、ネコに餌を届けてくれたんだってな。院長先生から聞いたよ。食べきれない分は、子供たちがありがたくいただいているそうだ。ありがとう」
「どういたしまして。ニュクスや子供たちと遊べて、私も楽しかったよ!」
「何の話です?」
マイケルが不思議そうに首をひねる。
「それから……最近、おふたり仲が良すぎませんか?」
「へ、変なこと言わないでよ!」
碧は顔を赤く染めると、馬を軽く蹴って速歩から駈歩に切り替えた。
「アオイ殿、一人で先行するのは、おやめ下さい!」
ニックが慌てて後を追う。
「マイケル、おまえが下らんことを言うからだ。魔族の住む森は近い。ここから先は、一瞬の気の緩みが命取りになるやもしれん。気を引き締めていくぞ」
カールの言葉にマイケルは頷き、馬を走らせる速度を上げる。
碧に追い付くと並走しながら、
「先ほどはスミマセンでした」
と謝罪した。
「もう気にしてないよ」
碧は馬の速度を緩めた。
「私の方こそゴメン! 魔族が支配する森が近いから、気持ちが高ぶっていたみたい……」
「ここから先は常歩で向かいましょう。慎重の上にも慎重を期して任務に当たりましょう」
ニックの言葉に全員が頷いた。
***
「なんなの……あれは……?」
碧は息を呑んだ。
小高い丘を登り切り、見下ろした平地の先に、どこまでも続く長い城壁があった。
「信じられない……森が完全に覆われている……」
ニックが声を震わせた後、絶句する。
「新魔王誕生の報せが出た後、ベルメに移された騎士の中に俺の同期がいるんだが……」
エディは、ゴクリと唾を呑んだ。
「そいつに聞いたんだ。
『なぜソドムの森を調査しないのか?』
ってね。
そいつは、
『指示されていないからだ』
と答えやがったが、それでも、気になってこの丘までは来たらしい。
『森は静かなものだった』
そうだ」
「この距離からの見立てだから確かではないが、ベルメよりも高くて厚そうな城壁……だな」
と、カール。
「もう少し近づいて確かめよう」
碧たちは丘を下り、ゆっくりと馬を進める。
異変があれば、即時撤退するつもりだった。
「魔獣一匹、見当たりませんね」
マイケルが周囲を見回してながら拍子抜けしたように言う。
「……とんでもねぇな。ベルメの城壁の3倍の高さはあるぞ」
城壁を見上げながら、エディが短く口笛を吹いた。
城門が近づいてくる。
何人の侵入も拒むかのように固く閉ざされている。
衛兵の類は見当たらない。
(さて、これからどうしたものか……)
ニックが思案を巡らせている側で、碧が城門に向かって叫んだ。
「ごめんくださ~い! どなたか、いらっしゃいませんか~!?」




