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31.勇者の休息

 初めての休日、星野碧は最先端のファッションを取り揃えると評判のアパレルショップに出掛けた。


 せっかく異世界に転生したのだ。

 どうせなら、この世界でしか着られないファッションを楽しもうと考えたのだ。


(いくらなんでも、お休みの日まで戦闘服じゃ、気持ちが休まらないからなぁ~……)


 年上の店員と相談しながら、気になるドレスを次々に試着する。

 日本だと、コスプレイベントの会場でもない限り着れないようなデザインばかりだが、なにしろここは異世界。

 碧は、貴族の令嬢風の華やかなドレスとカントリー調のシックなドレスを購入した。


 貴族風ドレスで外を歩くのは少し気恥ずかしかったので、カントリー調ドレスの方に着替えて店を出る。

 服装が変わっただけで、世界がほんの少し明るくなったように感じる。


「ミャー♡」

 一匹の黒猫が、碧の足元にすり寄ってきた。


「あはっ、かわいい~♡♡♡」

 しゃがんで頭を撫でてやると、黒猫は目を細めて嬉しそうに喉を鳴らした。


「アオイ!? こんなところで何してるんだ?」


 聞きなれた声がして、碧は顔を上げる。

 

 皇国騎士団のエディが大きな袋を3つ抱えて立っていた。


「やっぱりアオイか! ……ぷっ、なんだなんだ、その恰好は!」

 エディは吹き出しながら言った。


「……やっぱ、似合わないかな? たまには戦闘服じゃなく、女の子らしい服が着たかったから買ったんだけど……」


「……いや、似合ってるよ」

 傷ついた表情の碧の見て、エディはバツが悪そうに言った。

「すまんな、俺はこういう言い方しかできないんだ。許してくれ……」


「ニックが素直に謝った! ……どうしたの? 何か変な物でも食べた?」


「そんなわけあるか! ……謝れ! オマエも俺に謝れ!!!」


「正直な感想だから謝らないけど、お詫びに一つ荷物を持つわ」


「そんなこと、しなくていい。……おい、やめろ!」


 碧は半ば強引に袋を受け取ると、しぶしぶ歩き始めたエディの後をついていった。




 到着したのは孤児院だった。


「兄ちゃん!」


 エディを見た子供たちが一斉に集まってくる。


 騒ぎに気付いたのだろう――古びた建物から修道女が現れた。


「エディ、また来てくれたのね。いつも本当にありがとう」


「それは言いっこなしだぜ、院長先生! ここは俺が育った家だ……ってことはだ、ここにいる子供たちは、俺の弟や妹も同然なわけだ。兄貴が年下の兄弟たちに何かしてやるってことは、世間じゃ当たり前の話だろ? 気にするな!」


 荷物を持とうとする院長を制して、エディは孤児院の食堂に紙袋を運んだ。


「エディは孤児院(ここ)で育ったの?」

 碧は驚いた。


「ああ、何か変か?」


「アストレア教団に対して批判的だから、ちょっと意外だった」


「……ああ、それな」

 エディは納得したように小さく笑った。

「俺が子供(ガキ)の頃は、まだ良かったんだ。何品も皿が並ぶわけじゃないが、ひもじい思いをしなくてすむだけの量の食事(メシ)は食えた。だが、現在の教皇に代わってからというもの、孤児院に割り当てられる予算は年々減る一方だ。あれだけ派手に献金を集めているんだ。金がないワケじゃないと思う。いったい何に金を使っているんだか……。そんなこんなで、俺は現在(いま)の教団を信用していないのさ」


「やめなさい、エディ! これ以上、教団を侮辱することは許しませんよ!」


 厳しい声で叱責する院長に、エディはヒョイと肩をすくめた。


「それで、こんなにたくさんの食料を……」

 運び込んだ荷物の中身が、修道女(シスター)たちによって仕分けされていくのを眺めながら、碧は呟いた。


「ミャー♡」

 碧の足元で黒猫が啼いた。


「あなた、いつの間に……? ついてきちゃったの!?」


「あら、カワイイ♡ この子、あなたのネコちゃん?」

 院長が小さく手を叩き、少女のように顔をほころばせる。


「いえ、私も今日が初対面です! 買い物の帰りに出会ったので、どこのお宅の猫ちゃんかも分からないです……ゴメンナサイ!」


「首輪を付けていないから、野良猫じゃないのか?」

 と、エディ。


 アルニラム神皇国では飼い犬や飼い猫に、飼い主の名前と住所が記された首輪を付けるのが一般的なのだそうだ。


「あら、それは困ったわね……この子を、このまま外に放り出すわけにもいかないし……」

 院長は少し考えて、碧を見た。

「ねえ、あなたがこの子を預からない? こんなに懐いているし、適任だと思うのだけれど」


「それは無理だな。アオイが住んでいる所は個人で動物を飼うことが禁止されてる」

 エディが言った。

孤児院(ここ)で面倒みてやれよ。子供たちも喜ぶだろ。ネコ一匹分の餌代くらい、俺が追加で用意してやるよ」


「私も餌代、協力します! その代わり、時々、猫ちゃんに会いに来てもよろしいでしょうか?」


「もちろん大歓迎よ」


 黒猫はメスで、名前を『ニュクス』と碧が名付けた。

 ギリシャ神話に登場する”夜の女神”の名前だった。


「ニュクス、いい子にしてるんだよ。また遊びに来るからね!」

 碧が言うと、ニュクスは尻尾をピンと伸ばして、ゴロゴロと喉を鳴らした。

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