03.リリスの城にて①
俺はリリスの城にいる。
応接室らしき豪奢な部屋で紅茶をご馳走になっている。
「……で、これからどうするつもりじゃ?」
「ルシファー様は《魔人族の幸せ》を望んでおられる。でも、俺はこの世界のことが何一つ分からない。いろいろと教えて欲しい」
リリスは俺の話を嘘だと決めつけるようなことはしなかった。
ルシファー様の結界に干渉できる者は我々の常識の外の存在と考えるのが妥当、というのが理由だそうだ。
ただ、俺が魔王にふさわしいかどうかを見極めるまでは、
①配下につくつもりはない
②魔族にとって不利益が生じるような行動を取らないか監視する
③危険な存在と判断した時点で殺す!
と告げられた。
最初、俺はリリスに対して敬語を使っていたのだが、
「普通に喋ってくれてかまわん。貴殿は妾の部下ではないのだからな」
と言われたので、いまはタメ口で会話している。
オークニーは護衛なのだろう。
椅子には座らず、すぐにリリスを守れる位置に立っている。
「それでサタン、何が知りたい」
「そもそも魔族というのは何だ?」
「魔族というのは人間以外の種族の総称よ。悪魔、魔人、獣人、リザードマン、オーガ、オーク、ゴブリンなんかがおる。他にも……止めておこう、キリがない」
「魔人というのは?」
「人型をした悪魔のことじゃよ。悪魔には、上半身が山羊で下半身が人間とか、様々な姿形をしているものがおるからの。前世はともかく、サタンも現在は魔人じゃな」
「そいいえば、俺は今どんな姿なんだ?」
「なんじゃ、自分の容姿も分からんのか? オークニー、鏡を用意してやれ」
オークニーが渡してくれた手鏡を覗くと、生前とはまるで別人の姿があった。
人間の年齢でいうと15歳くらいだろうか?
若く、そして何より顔が100倍綺麗になっていた。
「こんなイケメン、オレじゃない……!」
「おかしな奴じゃのう……不細工になったのならともかく、良くなったのなら喜べばよかろう?」
「なんか申し訳ないんだよ!」
リリスが、アハハッと笑った。
「己の分をわきまえるておるではないか。気に入ったぞ」
この話題はもう止めだ!
「ところで、エルフは魔族じゃないのか?」
「……エルフは少々複雑での。オークニーは闇エルフじゃが、人間共はこれを邪悪な存在と位置づけ、魔族として扱っておる。片や、白エルフは精霊に近しい存在とされ、人間の街で生活する者も多い」
オークニーの表情が少しだけ歪んだ。
「人間社会に受け入れられているという点ではドワーフもそうかの。あやつ等の技術は、人間どもにとって利用価値があるからの」
魔族の生活は厳しいもののようだった。
100年前、アルニラム神皇国が召喚した勇者により、前魔王が討伐された。
それを契機に、魔王領に隣接する各国が進軍を開始。
統制を失った魔王軍は敗戦と撤退を繰り返し、ソドムの森へと逃げ込んだ。
魔獣が多く生息する森への深追いは各国慎重な姿勢をとり、魔族はどうにか生き延びた。
豊かな鉱山資源を有していた旧魔王領は、勇者の召喚を行った宗教国家《アルニラム神皇国》、軍事国家《エルヌタ帝国》、大陸随一の大国《アンジャル王国》の3国が分割して接収。
森と各国の間には、それぞれの支配権が及ばない荒野が横たわっており、冷戦状態が続いているという。
「――魔王軍は再び戦争を始めるつもりなのか?」
リリスに尋ねると、首を横に振って否定した。
「少なくとも、妾にその気はない。じゃが、他の者たちはどうかの……?」
人間との戦争に敗れた後、次期魔王の座を巡って権力争いが勃発。
――結果、新魔王は決まらず四天王はバラバラになり、それぞれが眷属を連れて別の場所で暮しているそうだ。
リリスは悪魔とダークエルフを連れて城に引き篭もり、静かに暮らしていたのだが、いつしか魔族の中でも力の弱い種族が城下に集まりはじめ、庇護を求めるようになった。
「人間の冒険者どもからFランクだのDランクだのと呼ばれて馬鹿にされておるゴブリンやオーク、獣人族じゃが戦闘能力に乏しく奴隷狩りの標的となっている兎人族などがおる」
元魔王軍四天王として無下にするわけにもいかず、面倒を見てやっているらしい。
「城下の者たちは、戦闘に長けた他の種族に狩場を締め出されておるらしくての……食糧事情がよくない。人間と争っておる暇などないのじゃよ」
「畑を作って、自給自足すればいいんじゃないの?」
「簡単に言うてくれる! 数百人の胃袋を満たす規模の畑を森に作ろうとした場合、どれほどの時間と労力が必要か分かっておるのか? しかも、収穫までには時間がかかる。腹がくちくなる前に、倒れる者が続出するわ!」
<メッセージ>『マスターのスキルの中に、森を一瞬で開墾できるものがあります』
(本当か?)
『はい。更に、その土地で作った作物は、ルシファー様の加護により通常より早い速度で成長します』
「リリス、俺が農地を用意する。ルシファー様の加護で、食糧事情が改善できるかもしれない」
「ほう……これは面白そうじゃ。お主の力を見せてもらうとしよう」




