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28.海洋都市国家アルデバラン②

 転移した場所は、城の中にある図書室のようだった。


 床に大量の本が散らばっている。


 大理石に血で描かれた魔法陣の中央、男が跪いて祈っていた。


「承知の上で呼び出したのだとは思うが、改めて問おう。対価は支払ってもらうぞ。……いいんだな?」


 男の身体がビクリと震えた。

 振り向いた男の顔は、トランプの絵札に描かれている王様に似ていた。


「もちろんだとも! しかし……まさか5人もやって来るなんて……」


「人数が増えたのは、こちらの都合によるものだ。人数分の対価を要求するようなアコギな真似はしないから心配するな」


「そうか。なかなか良心的だな」

 王様は、ホッとしたように微笑んだ。

「ならば、改めてお願いする。災害の犠牲者たちを救ってくれ! 対価として、私の魂を差し出そう!!」


「せっかくの申し出だが、魂は要らない。代わりに、塩と海産物を定期的に我が国に納めてもらいたい。……どうだ?」


「なんと! ……そんなことで良いのか?」


「交渉成立だな。契約書を交わすのは後にしよう。ぐずぐずしてたら、助かる命も助からない」


 俺たちは人命救助に向かった。



  ***



 被災の状況は、想像以上に酷かった。


 広範囲に渡って岩と土砂が積み上がっている。

 道路は塞がれ、多くの家屋が倒壊。

 火災が発生している地区もあった。


「リリス、火事になっている街に行って、水魔法で鎮火してくれ」


「ふっ、造作もないことよ」 

 リリスの足元に魔法陣が出現し、次の瞬間、姿が消えた。


(オマエ、転移魔法が使えたんかい!)


「アモン、空から全体の被害状況を確認してくれ。ヤバそうな場所があれば報告を。魔獣や海魔が暴れている場合は、任せる」


「仰せのままに!」

 古代龍の姿に戻り、アモンは飛翔した。


 地滑りが起こった現場では、生き埋めになった人々を救おうと、騎士団と住民が懸命に働いていた。


 小山くらいに積もった土砂を撤去しようと、休みなくスコップを動かしている。

 中には素手で土を掘り返している者もいた。


「助けに来た。場所を空けてくれ。土砂を一気に片付ける」


「あんた達は……?」 

 騎士団の男が、肩で息をしながら問う。


「王様の知り合いだ!」 


 土砂と岩を素材に、巨大ゴーレムを次々に生み出していく。

 土の山が、みるみる小さくなっていく。

 土砂が消え去った地面には、生き埋めになっていた人々が残った。


「騎士団の方々は怪我人を安全な場所……出来れば一ヵ所に集めてくれ! 緋魅狐、同行しろ。他所から運ばれてくる怪我人の治癒も一緒に頼む!」


「任せておくんなんし。必ずや、ご期待に応えてみせんしょう」


「ゴーレムたちは、周辺の瓦礫の撤去を。騎士団の指示に従え。ロキア、フェンリルの姿になって、俺を他の地滑りの現場まで運んでくれ。人間が生き埋めになっている場所を優先したいが、分かるか?」


「安心して! 匂いで見分けられるよ!」


 ロキアに跨り、崩落現場を次々に回る。 

 土砂でゴーレムを造り、全壊した家屋の解体と撤去を任せる。 

 救出した人々は騎士団や近隣の住民に託す、という手順を繰り返した。


「凄く効率的だね! これなら思っていたよりも早く片付きそう……」


「ロキアの機動力あってこそだ。さすがだな。凄いよ!」


「えへへ……それほどでも……」 

 ロキアは照れくさそうに笑った。


 最後の集落での救出作業を終えようとしていた時、余震が起こった。


 崖の上から巨岩が落下してくる。


 下には5歳くらいの少女が立っていた。


 俺よりも早くロキアが反応した。


 高く跳躍し、右前脚の爪を岩石に突き立てて、粉微塵に粉砕した。


「エマ!」

 母親らしき女性が少女に駆け寄り、ギュッと抱きしめる。


「怪我は無いか?」


 俺の問いに母親は、娘の身体を頭の先から爪先まで点検し、

「大丈夫です」

 と涙を滲ませて答えた。


「あの……ありがとう。娘を助けていただき、本当にありがとうございました!」


 母親はロキアに言うと、娘と一緒に何度も何度も頭を下げた。


 ロキアは少し戸惑っているようだった。


『魔王様、よろしいでしょうか?』

 アモンが念話で話しかけてきた。


『何かあったのか?』


『はい。渓谷に掛けられていた吊り橋が落ちています。いかがいたしましょう?』


『ちょうどよかった! 場所を教えてくれ。俺が橋を架けなおすよ』


 アモンは、アルデバラン城を起点にした詳細な位置情報を伝えてくれた。


「ロキア、もう一仕事だ。渓谷に向かってくれ」


「オーケー、サタンくん」


 念話で、全てのゴーレムに、アモンから教えられた場所に集まるように指示をする。


「……そういえば、さっきは戸惑っていたみたいだったけど、どうした?」


 渓谷に向かう道すがら、ロキアに尋ねた。


「あの人間は、ボクに『ありがとう』って言った」


「普通のことだろ」


「ボクは魔族だよ。なんで、『ありがとう』なんて言うのさ?」


「助けてくれた者に感謝するのは、人間なら当然のことさ。たとえ、それが魔族であっても」


「ふうん……」


「そんなに不思議がることか?」


「……うん。でも、悪い気分じゃないね」

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