19.別れ
ディラン伯爵の城――。
最上階にある領主の部屋は、華美な装飾こそ少ないものの、選び抜かれた調度品が重厚な雰囲気を漂わせていた。
「急にお呼び立てして申し訳ありません、魔王様」
ディラン伯爵が、深々と頭を下げる。
「それから、《蒼の鉱山》をお救い頂き、ありがとうございます! 兵士たちより、魔王様のご活躍の話を聞いております」
「礼を言う必要はないよ。冒険者ギルド経由で、報酬を頂いているからな」
「他にも、街中で産気づいた領民をお救い頂いたとか……」
「俺は、たいしたことはしてないよ。街の人たちが一致団結して、母子を助けたんだ。いい領民を持ったね」
「もったいないお言葉! 恭悦至極に存じます」
「本題に入ろう。礼を言うために、俺を呼んだわけじゃないんだろう?」
《フクロウ亭》で朝食を摂っていた時、伯爵の執事が俺を迎えに来た。
前日から、領内の目ぼしい宿を、片っ端から探し回っていたらしい。
用意されていた馬車に乗り、ここまで来たわけだが……。
「魔王様は、アルニラム神皇国というのをご存知でしょうか?」
「女神アストレアを崇める教団が、皇帝に次ぐ権力を持っているとかいう国だっけ? 確か、先代の魔王は、その国が召喚した勇者に討たれたんだよな」
ディラン伯爵は、大きく頷いた。
「アルニラム神皇国が、新魔王誕生を嗅ぎつけたようです。なんでも『賢者の石』とかいう神器が報せたのだとか……大陸中の国に注意を呼びかけているようです」
「面倒なことになったな……」
「魔王様は、どうなさるおつもりですか? その……人間の国に対して……アルニラム神皇国は勇者も召喚したそうですが……」
「こちらから戦争を仕掛けるつもりはないから安心してくれ! ……人間側から宣戦布告なんてことは、ありえるのかな?」
「魔族によって現在の生活が脅かされない限り、軍や騎士団を動かす国はないでしょう。戦争が始まってしまえば多くの人命、莫大な国家予算が失われますからな」
「早急に魔国へ戻って、人に害を与えないよう伝えるよ」
「よろしくお願いします」
《フクロウ亭》に戻って、ローラと女将さんに別れを告げた。
「ずいぶん急な話だねぇ……」
女将さんは、心から残念がってくれた。
「アンタには、街の皆が感謝している。ありがとうね!」
「絶対……また遊びに来てね……」
ローラは涙を流していた。
「一緒に……赤ちゃん……産んだの……忘れないから!」
(誤解を招くような言い方はヤメろ!)
「本当に良い宿でした! 必ず、また来ますね。ありがとう!」
ウオータールーを後にして、俺はジャングリラに戻った。




