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バッドランズ・グレイアウト/モブ社畜、呪物を売る裏社会企業に転職し社長(♂)に恋をした結果、屍人転生する  作者: 梅屋凹州
二章

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2・5章 ハッピー・デス/デート・デー 後編

 早朝、五時。


 オールナイト上映が終わり、十三と棺は、映画館近くのカフェへ向かって歩いていた。


 ビル郡の間をくぐりぬけて差し込む朝の陽が眩しい。初夏の新宿の朝は、涼しげな風が吹いていた。いつも淀んだ空気が溜まっている都会の中心とは思えないほど、肌に心地の良い清涼感のある風だ。


 十三は、このオールナイト上映明けの雰囲気が好きだった。


 一晩、好きな映画を共に観て完走した観客たちとは、不思議な連帯感が生まれる。まるで一夜の戦争を共に駆け抜けたかのような仲間意識を感じるのだ。日頃、都会で孤独に生きている十三にとってそれは、貴重な体験だった。


 しかも今回は、棺と共に観られたのだから、なおさらだ。

 隣を歩きながら小さくあくびをしている棺を見下ろして、十三は尋ねた。


「いや〜〜長丁場でしたね。社長、お疲れじゃないですか?」

「ううん、平気。楽しかったよ。途中、少し寝ちゃったけど」

「オールナイトは、寝ても大丈夫ですから。気になさらないでください」

「うん。ありがと」


 そんな話をしながら、十三はカフェの扉を押し開けた。


 昼間はいつも大混雑している人気チェーンのカフェだが、早朝の現在は、客がまばらのようだった。席も自由に選べるらしい。


 棺の希望で、窓際の二人掛けの席で向かい合って座った。


 店員にモーニングを注文してから、十三は窓の外に視線を移した。


 早朝とはいえ、さすがは新宿だ。歌舞伎町で一晩を過ごしたような若者や、地下鉄から出てくるサラリーマンの姿もチラホラと見える。この街から人気がなくなることなどないのだろう。あるとすれば、世界の終わりか。感染症か、ゾンビか、あるいは超巨大”(くだん)”とか。


「みんな、朝から頑張ってるなあ」


 益体もないことを考えると、同じく窓から外の景色を見ていた棺が呟いた。

 その、いかにも社長らしい威厳ある言葉に、思わずくすっと笑ってしまった十三は、棺に尋ねる。


「社長、どうでした映画……? 楽しめましたか……?」

「うん。楽しかったよ。色々ついていけなかったところもあったけど、新鮮だった」

 棺の感想は短かったが、表情は満足げだった。


「そっか……よかったです」

 と呟いて、十三はほっと胸をなでおろした。退屈だった時間の無駄だったなどと言われたら、土下座して腹を切らねばならないところだった。社長に満足してもらえたなら、部下冥利に尽きるというものだ。


 店員さんがやってきて、注文したモーニングを置いた。十三はデニッシュパンとコーヒー、棺はトーストとアイスコーヒーのセットである。


「社長、またトーストですか。しかも何も塗らないヤツ」

「うん。脂っこいモン、嫌い」

 棺は、十三の皿をまじまじと見つめて、

「シノって甘党?」尋ねてくるが、十三は首を振った。

「いいえ?」

「じゃあなんでそんな甘いもの、朝から食ってんだ? ソフトクリームとさくらんぼ乗ってるけど」

「別に好きってワケじゃないんですけど、この店に来ると、習慣的に頼んじゃうんですよ」

「ふぅん。美味しいの?」

「はい。社長も一口いかがですか?」

「……トースト食べてから考えようかな」

「はい。ぜひ」


 そこで会話に区切った二人は、お互い黙々と朝食を食べた。


 なにせ、六時間のオールナイトを見終えたばかりなのである。さすがにポップコーンだけではお腹が満たせず、十三は夢中になってデニッシュを食べた。いつも少食の棺も、トーストをあっという間に完食している。


 指についたパンくずを払った棺は、十三にこんな問いをしてきた。


「シノさ、最後の映画のとき、ため息ついてたの。あれなんで?」

「えっ?」

「ワニ映画の最後。ため息ついてただろ」

「……え”っ? オレ、ため息ついてました……? 気づかなかったあー。恥ずー」

「うん」

 棺はアイスコーヒーをずずっとすすり、「なんで?」と聞いてくる。


 ──なんで、か。


 棺に聞かれるまで、十三はまったく無自覚だった。 

 だが、あのクライマックスが心にひっかかっているのも、また事実だった。

 自分の心に残る澱を解きほぐすために、十三はゆっくりと、語りだした。


「……あの映画……裏切った男のせいで、ヒロインたちは一旦窮地に陥ったワケですよね。そしてクライマックスで、男がピンチになったとき、ヒロインたちは見殺しにした。それって、ヒロインが殺したのも同然じゃないですか。でも正義はこちらにあるって顔をして、ハッピーエンドで、それっていいのかなって……」

「それで村のこと、思い出した?」


 棺の唐突な指摘は、あまりに的を射ていた。


 十三は少しビックリして、それからちょっと苦笑して頷いた。

 ──この人には、どうやらお見通しだったようだ。


「……とらの兄さんから聞いたんですか?」

「うん。でも、その前からなんとなく気づいてたかな。あの出張の後、お前の様子、変だったし」

「……そっ、かぁ──……」

 十三は白々しく髪をぐしゃりと乱した。


 棺は、社長だ。小さな会社だから、棺は十三の上司でありメンターということになる。

 弱音を吐くのは本意ではないが、すでに心を見通されているのにシラを切るほど、カッコつけられる人間ではない。


「……正解が、わからないんですよね。オレはどうすべきだったんだろうって」


 あの”人形村”の親子。

 十三たちが助けようとすれば、助かった人々は、助けなかったからこそ死んだ。

 その事実が、十三の心に、ずっとわだかまっていた。


 そも、二人は助ける価値のある人間であったのだろうか。十三に石を投げた子供と、ヤードの商売を奪おうとした村の女。

 会社にとっては見過ごせない存在であったのは間違いない。


 だが、人間だった。

 生きている、人間だったのだ。


 十三と”とら”が助ければ、あの二人の命だけは救えたのではなかったのだろうか。会社の利益のために、十三は見捨てた。果たしてそれでよかったのか。人間性を捨ててまで会社を選んだ。どうにか、なんとかならなかったのか。もっと”とら”と話し合うべきではなかったのか。


 答えの出ない悩みが、ぐるぐると十三の心を苛んでいた。


「そうだな。社長の立場として答えるなら、”とら”の選択は間違ってなかった」


 十三の気持ちを見通していたらしい棺が、淡々と告げる。


「村の住人、誰か一人でも助けてたら、いつかおれたちは告発されていただろうな。必然的に、この商売を続けていくのが難しくなる。顔を知られてるお前ととらは、社会的に追い詰められてただろう。とらはまだいい。いくらでも隠れようがあるから。でもカタギのお前は、”表”には出られなくなる」

「……はい」


 ストローをぐるぐるとかき回して、棺はアイスコーヒーを眺めながら言う。


「村の奴らの命とお前の一生、どっちを選べと言われたら、おれはお前らを迷わず選ぶよ」

「社長……」


 棺に言葉に、浮き上がりかけた十三の気持ちだったが、

 すぐに、沈んだ。


 わかりました、と即答できるほど、十三は頭の切り替えが早くはないし、メンタルだって強くはなかった。


 そんな十三の様子を察して、棺は心配そうに見つめてくる。


「まだ、納得してない?」

「いや……まだ、消化しきれてないだけです。ダメですね、切り替えが遅くて……。せっかく社長が、励ましてくださったのに」

「うーん」

 悩ましげに唸っていた棺だったが。


 何を思ったのか、突然、十三のクロワッサンの上に載ったさくらんぼを、ひょいっと奪った。


「じゃあ、これを、シノの良心とする」

「……ハア」

 さくらんぼをブラブラと揺らして、奇妙なことを言い出す棺を、十三はまじまじと見つめた。


「シノの良心は、こうしておれが預かった。お前が会社辞めるときに、返す。それでいいな」


 なんだそりゃ、と思った。

 まったく意味不明で、唐突で、よくわからん。

 しかし本人はドヤ顔で、「言ってやったぜ」という態度である。


 そのズレた態度をみて、わからん、と十三は思った。

 思いながら、なんか可愛いな、と思った。

 いや可愛いな、と改めて思った。


 ちょっとズレてる社長が可愛い。言葉足らずな社長可愛い。そんで気づかずにドヤってる社長がまた可愛い。

 三回唱えたとき、十三は自分の男心が、ムラついているのを知った。


 なので、仕掛けることにした。


「──誰が辞めるって言いました?」


 破顔した十三は、棺の指からさくらんぼをひったくった。

 茎を取り、スプーンに乗せる。

 そして棺に、再び差し出した。


「ほら社長。あーんして」

「……? 意味わからん。なにしてんだオマエ」

「だって、オレの良心ですよ? 貴方が奪ったんじゃなくて、オレが自分から差し出したんです。大事でしょ? こういうの」

「? よくわかんない……」

「いいから。食べてください。飲み込んで、咀嚼してください。アナタの中で」

「……わかったよ。食うよ」


 訝しがりながら、棺は小さなピンク色の舌でさくらんぼを迎え入れた。

 モゴモゴと食べている。

 十三はその様子を、うっとりと眺めていた。


「美味しいですか? 社長。オレの心は」

「甘いし、なんかフニャフニャしてる。フツーのさくらんぼじゃない」

 咀嚼しながら、突然「あっ」と声をあげた棺は、目を丸くしている。「タネ、呑みこんじゃったよ」


「────……フフッ」

 十三は、声を出して笑った。それは十三をよく知る人が──例えば、幼馴染の”たま”が見たら、「なんと邪な笑みでしょう!」と言っていただろう──醜悪で、邪悪な笑みだった。


「社長、ちゃんとゴックンしてくださいね?」

「???」

 やっぱり、棺はまるで意味がわかってない。


 東雲十三は想像する。


 黒澤棺の小さな口から喉を滑って落ちた”十三のこころ”が、その細い管を滑り落ちて、胃の附に落ちるところを。

 社長の肉体のなかで融け落ちて、血となり肉となる”十三のこころ”。


 その様を想像して──十三は、いたく興奮した。


「オレが人か、悪魔か……」

「ん?」

「なんでもないです。社長、この後はどっか行きます?」

「うん。近くで画材買ってく。……シノも行くか?」

「ええ、もちろん」


 どこへだってついていってやる。


 例え、地獄の果てまでも。

次は2・5話、「応援上映いこうぜ!」です。6月中更新目指します。ブクマなど頂けますと大変励みになります!

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