1・5話 亡郷/望郷 前編
1話の前日譚となります。
主人公の東雲十三が上京する以前、3月頃の故郷でのお話です。前編・中編・後編と掲載予定です。中編は3月23日か24日に掲載します。
缶ビール1ダース。サワー10本。焼酎一瓶。チーズやするめなど乾き物各種。
「これも買っとこ!」
豪快に言った”たま”が、ワインまで買い物カゴに突っ込んできた。
たった2人だけの宅飲みの買い出しなのに、カゴはこんもりと盛り上がっていた。
「たまくん、さすがに買いすぎじゃない?」
東雲十三はさすがに呆れたが、”たま”はにっこりと笑って首を振っている。
「いいんだよ! シノくんの壮行会なんだからさぁ」
そう言って、”たま”は更に牛タンジャーキーを3袋も追加している。このジャーキーは”たま”が宅飲みのとき必ず用意するつまみであり、それが3袋もあるということは、”たま”がこの飲み会にどれだけ気合を入れているかの現れでもあった。
ポメラニアンに似ている子供として評判だった”たま”は、今はゴールデンレトリバーによく似ている若者になった。金とブラウンの中間ぐらいの色味をした髪が、それら犬種とそっくりなのだ。そして人懐っこく、垂れ目はいつもニコニコと笑顔の形を作っていて、巨体なところも、よく犬に似ている。
おそらく、白人の血が入っているのだと思う。思うーーというのは、捨て子で出自がわからないからだ。
”たま”は赤ん坊の頃、へその緒がついたまま、村の一番上にある神社に捨てられていたらしい。以来、神社の世話役の養子となり、その養父が亡くなってからは、村のどこかの家を転々としている。
元気な犬のように毎日村中を動きまわり、老人たちの手伝いのため狩猟に漁にと出かける”たま”は、今は砲弾のような勢いで買い物をしている。
今日の夜、上京する東雲十三の、壮行会のためだった。
「へいヤス坊ちゃん、お会計お願いね!」
言って、”たま”はレジカウンターにカゴをどっかりと置く。
村唯一の商店の店主であるヤス坊が競馬新聞から顔を上げ、”たま”とカゴを見比べて、無愛想に言った。
「なに、たま景気いいじゃん。パチンコでも勝ったの」
新聞を畳んだヤス坊は、ニヤリと笑う。陰気な笑みも、よれよれのエプロンで隠しきれないでっぷりと出た腹も白髪まじりの髪も、とても客商売向きの容姿ではないが、本人は高校卒業して二十年以上、毎日こうして店に立ち続けている。
ヤス坊は、父親の遺したコンビニ酒屋を継いで、現在は年老いた母親と二人暮らしをしていた。いわゆる、子ども部屋おじさんというやつだ。嫁も彼女も勿論いない。
こういう人間は、えてして田舎では最下層のヒエラルキーに属され陰口の対象となりがちだ。
ヤス坊も例に漏れず、四十近くになっても、「ヤス坊」などという子供じみた呼び方をされて、腫れ物扱いをされている。
かくいう十三もまた、同じ村で育ちながら、ヤス坊とまともに話をしたことがなかった。
しかし”たま”はヤス坊と親しいようで、気軽に世間話で盛り上がっている。
「おれ、パチンコはしないよ〜。昔の知り合いが痛い目あってたの、見てたからさあ」
「なに、その人は負けてたの」
「負けてた負けてた! 痛い目に合って家族にも怒られてるのに、給料日になるとまたパチンコ屋さん並ぶの。もう呆れちゃってたよ!」
「ぎゃはは。ギャン厨じゅん」
その会話を黙って聞いていた十三は、流石はたまくんだなぁ、と舌を巻いていた。身寄りがないにも関わらず、愛嬌の良さでこの二十二年間の人生を渡ってきただけのことはある。
「じゃあ、この買い物は何なの。ずいぶん買い込んでるけど」
改めてヤス坊が聞くと、”たま”は変わらぬ調子で答えた。
「今日はねぇ、シノくんのねぇ、旅立ち祝いなんだ!」
「旅立ち?」
ヤス坊にじろりと視線を向けられ、十三は恐縮しながら答える。
「上京するんです。就職で」
「あぁ、そう」
会話終了。どうやらヤス坊は、十三が村からいなくなってもさして興味はないらしく、淡々とレジ打ちを続けた。
”たま”との会話との温度差がひどい。まぁ、予想通りだな、と十三は冷静に受け止めていた。お互い様だ。単なる顔見知り程度の同郷者がいなくなろうが、知ったことではない。
ヤス坊が詰めてくれたレジ袋が3つにまでなった頃、”たま”が十三に声をかけた。
「ねえシノくん、荷物いっぱいだからさあ、おれ店の前まで軽トラ寄せてくるね!」
「うん、わかった」
そうして、”たま”が店から出ていくと、十三とヤス坊の間に気まずい時間が流れる。
ーーこの春から営業職に配置されるというのに、十三はどうも、コミュニケーションを拒否されている人間と話すのが苦手だった。
早々に会話を諦め、ヤス坊の後ろにあるガソリンスタンドのカレンダーや、ビールを持った水着のグラビアアイドルの古ぼけたポスターを何気なく眺めていると、
「良かったじゃん」
レジを打ちながら、ヤス坊はぼそりと言った。
「え?」
思わず聞き逃してしまいそうになるほど、小さな声だった。
十三が聞き返すが、ヤス坊は視線を上げることなく続けた。
「出られるなら早めに出たほうがいいよ。こんな田舎」
早口に言って、ヤス坊はタバコ棚のなかから、十三がいつも吸う紙タバコを一つ、レジ袋に入れた。
「これ、餞別」
「……はぁ。ありがとう、ございます」
十三はぎこちなく言ってヤス坊を見つめた。その無精ひげまみれの口元が、ほんの少しだけ笑みの形を作っているように見えた。
ーーもっと早く、この人と話すべきだったかもしれない。
十三は少しだけ、後悔した。




