1章エピローグ・B面
東京の隅っこにある街の、安アパートの一室。
帰宅した東雲十三は、自室の洗面台で顔を洗っていた。
タオルで顔を拭って、鏡をまじまじと見つめる。
備え付けの小さな鏡に、自分の顔が写っている。二十三年間、見慣れた顔。冴えない顔。眠たそうなまぶた。
──違う。
十三は、震える指で鏡をこすった。
目の形も眠そうなまぶたも、自分自身なのに、違う──自分じゃない。
オレは。オレは。オレは──。
「……社長……オレ……オレ、どうすればいいんですか……」
鮮明に蘇る記憶に苛まれた十三は、ここにいない黒澤棺に助けを求めた。
「オレは……オレなのか……? オレは生きてるのか? ……本当に……?」
あのとき、駐車場で再開した黒澤棺に、十三はどうしても言えなかったことがある。
薄暗い洞窟。ごつごつした岩肌の感触。坂を下る死者たち。ハングドマンの言葉。
そして──と、十三は自分の六畳間に目を向けた。
床に散らばったエロ本でも、スマホのエロサイトでも、遂情できなかった。
十三の胸のうちを、欲望の嵐が吹き荒れていた。
身の内側をこそげ落とすかのような強風が暴れ回る。
男ならば、誰もが抱いたことがあるはずの感覚。だが、今までの十三には、なかったはずの渇望。
──黒澤棺が、欲しい。
東雲十三でなくなった男は、黒澤棺に、どうしようもなく欲情していた。




