1章5話・3
廊下から、女の声が聞こえてくる。
女の、ぶつぶつと恨みがましい呟き。
──愛してるっていったの離婚してくれるっていったの西海岸の式場も下見したのウェディングドレスも頼んだの。専業主婦でいいから働かなくていいよっていったの。嘘だったの嘘だったのぜんぶ嘘だったの。あのクソ野郎しねしねしね……。
その声を聞き届けた”とら”は、同業者にさえ恐れられる人相の悪い顔を、さらに険しくした。
「”地巡り”ですか……あの”件”、呪い殺した人間を舎弟にさせられるんですね……」
「邪魔くせェな。とら、潰せ」
「ハイ……」
答えながら、”とら”は手持ちのアタッシュケースを開けた。
”とら”がケースから取り出したのは、拳銃とビデオカメラを混ぜたような銃器だった。
形は、昭和の時代に流通していた、8mmフィルムカメラに酷似している。拳銃のようなごついグリップがくっついており、銃器と同じように構えることができた。
弾倉はなく、グリップのすぐ上、フィルムカメラでいうテープの位置に、長方形のカートリッジがくっついている。中には歯車が収められていて、これがこの銃のマガジン代わりになっている。
これこそが対”件”の撃退兵器──なのだが、詳しい原理は、棺にも”とら”にもわかっていない。
何故ならこれが盗品だからだ。この銃を製造・管理している連中から、”とら”がなりゆきで奪って手に入れたので、ヤードの誰も詳細を知らないのである。
棺たちはこれを、便宜上”仕置銃”と呼んで、勝手に使っている。原理も不明だしなにがなんだかよくわかっていないが、便利だからとりあえず使っている。
わからないことは多かったが、物理的な退治方法のない、絶対的な呪を、退治撃退できる唯一の手段であることは確かだった。
現状、ヤードには、二丁の”仕置銃”があり、今は棺と”とら”が所持していた。
そしてか細い体格の棺よりも、頑健な肉体を持つ”とら”のほうが、”仕置銃”を圧倒的にうまく使いこなせた。
タブレットのマップに表示された赤い光点が、VIPルームの前で立ち止まる。
途端、VIPルームの扉が、乱暴に蹴り破られた。
──うそつき……うそつきうそつき……うそつきぃ……!
扉を破って現れたのは、ヒールを履き、ボロボロのドレスをまとった、上半身が炎をまとったトーチ人間だった。地廻り──”件”の支配に置かれ、呪の一部となった人間のなれの果てだ。
悲鳴と咆哮が入り混じったような奇声をあげ、”地廻り”のトーチ人間が突進してくる。
それに対し、”とら”は即座に、”仕置銃”の銃口を向けた。
銃のカートリッジ内部の歯車が、ぎゅるるるる、と不穏な音を立てて回転する。
──このトンデモ兵器は、”件”、および呪の力を捕捉すればするほど、力を蓄える仕組みになっている、らしい。
歯車が回転するたび、仕置銃は力を溜めていく。
カセットホイール中央のメモリが『伍』を刻んだとき、”仕置銃”は、その形を変えた。
砲身が倍以上に膨らみ、バレルがより長く、より銃に寄せた形態になる。
仕置銃は、可変する。
棺たちはこの第『伍』の形態を、断指と呼んでいる。
”とら”は、トーチ人間へ狙いを定め──躊躇なく、引き金を引いた。
瞬間、カートリッジに溜め込まれた回転エネルギーが、白い閃光となって一直線に放たれた。
直撃を受けたトーチ人間は、ぎっ、とひきつれた悲鳴を残し、抵抗することも逃げることも出来ないまま、一瞬ののちに消滅した。
つま先から炎の粉まで、チリひとつ残さず、現世からも幽世からも、真の意味で消滅したのだ。




