第9話
父は部屋に閉じこもっている母を呼び出し、出てこないのなら離婚と伝えた。
慌てて出てきた母に父は説教し、母が謝罪してきた。
「……ごめんなさいね。お母様にも付き合いがあるのよ。それで……本当にアシュトン・ブラックウッド侯爵子息と結婚するのかしら?」
まだ言ってるし。
私は母に冷たく告げる。
「お母様。反省してないようですね。……そんなにお父様と離婚なさりたいとは知りませんでしたわ。仲が良いと思っていたのですが、思い違いだったようですね」
「どうしてそうなるの!? ……いえ、そうね。わかったわ……あなたは、素敵な男性を見つけたのよね」
そう言って母は泣く。
――私には、母の心理がサッパリわからない。
「お母様はなぜ私をそれほどまでに貶めて、私の婚姻を阻んでいるのですか? ……確かに私はアデラインのような誰もが振り返る美少女には生まれませんでしたが、それって半分くらいはお母様のせいでしょ? お母様が私を産んだんですから、容姿については私を責められても困るんですけど。才能に関しては、確かにすべてにおいて平均レベルの凡庸さですが、その代わり、何をやっても平均まではいくんです。高位貴族の教養も、平均レベルに達しました」
母が詰まって泣くのをやめた。
そして、弁解を始める。
「……女性には、女性の付き合いがあるのよ。そして、物事には釣り合いってものもあるの。凡庸に生まれついた子爵令嬢が侯爵子息を射止めたなんて、物語としては面白いかもしれないけれど、その家族……特に母親は大変なのよ」
「母親に、『凡庸に生まれついた』と嘆かれている娘はもっと大変な思いをしていますけどね」
私が嫌みを言うと、母がため息をついた。
「私は貶めたわけではなく、貴女と自分自身を庇っていたつもりなのよ。目を付けられたら大変だから。……アデラインが生まれてから、シトリンが低位貴族の夫人会を牛耳るようになったわ。今のままいけばアデラインが後釜に座ることになったでしょうね。……いえ、今でもそうでしょうよ。ヴァレンティノ母娘が低位貴族の女性社会を牛耳るから、お前が高位貴族に移るまでは格好の攻撃の的になるわよ」
すると、父が鼻で笑った。
「無理だ。今回のことで、お前とヴァレンティノ子爵夫人は侯爵家を貶めることになった。それでもヴァレンティノ子爵夫人が仕切ろうとしたなら、侯爵夫人が介入するだろう。あからさまに侯爵家から不興を買ったというアピールをされる前に、お前には社交を禁じる」
父の宣告に母は青ざめたが、どこかホッとした顔もしていた。
そんな母を見てカチンときたので、さっきの母の言葉に反論してやった。
「私の友人には、伯爵令嬢と侯爵令嬢がおります。逆を言えば、私の友人にはアデラインと交友関係を持っている者はおりません。……少なくとも私の交友関係にはアデラインは関係ないようですわよ、お母様」
「え……?」
母が呆けている。
私は母に冷めた視線を送った。
「私は、母親同士が仲が良いからという理由でアデラインとは友人関係を続けておりましたし、アデラインも同じ理由で私を切り捨てられませんでした。ですが、互いにそれだけだと理解して付き合ってきたということです。……もし私が低位貴族の誰かと結婚したとして、恐らくその相手はアデラインとは関係のない方であり、その嫁ぎ先の交友関係を私も築いていったことでしょう。つまり……お母様のおっしゃるようなヴァレンティノ母娘が牛耳る女性社会には、私はいないのですよ。いたのは、ヴァレンティノ子爵夫人の腰ぎんちゃくのお母様だけ」
私はそう言い捨て、部屋を出た。
*
「……ということになりました。ヴァレンティノ子爵家については知りません」
アシュトン様に報告をしたら、アシュトン様がうなずいた。
「近いうちに事情を説明し、母に探りを入れてもらう。……でもって、こんなこともあったし早急に両親を紹介したいんだけどいいかな?」
「はい、それはもう」
母の仕打ちに憤り、むしろ絶対に結婚したくなった。
――ヴァレンティノ子爵夫人は、小さな頃からかわいがってくれたとはいえ、赤の他人だ。
内心私をバカにして見下していたと聞いても「アデラインの親だからね。さぞかし自分の娘が自慢なんでしょ」って思うくらいだが、母は身内だ。
他家の娘を貶めているのを周囲の人が聞いたとしても「コイツ、誰かの悪口を言ってるな」くらいの反応だろう。だが、実の娘の悪口を言ってるのを聞いたなら、「そんなに娘に困っているのか」って受け取られるじゃない。
だからこそ釣り書きが来なかったんでしょ。
私のことについて母が嘆いているのを夫人たちから聞いて、そしてアデラインを絶賛してうらやんでいれば、私に送る人なんているわけがないし、アデラインに釣り書きは集中するだろう。
アシュトンは、うつむいてしばらく考えた後、私を見て言いにくそうに語る。
「……その諸悪の根源の母娘が牛耳ることがなければ、ローズマリーも普通に結婚出来そうだけど……」
「そうでなくても、普通にアシュトン様と結婚しますよ」
絶対に結婚してやるわ! 見てやがれ!
「そ、そうだよね! うん、俺と普通に結婚するんだ! やったー!」
急にアシュトンがはしゃいだ。
そして、瞳のハイライトを消して謝ってきた。
「……ゴメン。俺、ローズマリーが今までどおり嫌われていたら、俺を選んでくれるのかなって思って……。ちょっと、君の幼なじみに協力した方がいいのかなって考えちゃった」
私はニッコリ、と笑顔を返す。
「私よりもアデラインを選ぶそぶりを少しでもしたら、即刻捨てますよ?」
アシュトンが高速で首を横に振る。
「選んでないから。俺は、君を選び続けているから」
そして、笑顔で言った。
「瞳のハイライトが消えている君も好き」
…………それは、アシュトンではないかね?