第7話
アシュトンとの交際は非常に順調で、さらには高位貴族令嬢とも友人となり和やかに交流しているのだが、低位貴族令嬢および子息とはもうギスギスだ。
令嬢からは、「侯爵子息を紹介してもらったのも、それで調子に乗ってるのもムカつく」と、聞こえるように言われている。
今まで空気扱いだったのに大躍進だね!
子息連中はむしろ変わらない。
相変わらず私には関心がないので、私がアシュトンと付き合っているのも知らないのだろう。
声をかけられ、付き合わないかと言われたので冷笑した。
「私、婚約者がいますので」
「は? 嘘だろ?」
すごい言いようだな。
「そこまで私に興味がないのに、よく声をかけてきましたよね。毎朝毎夕送迎されているというのに。婚約者はひどい悋気持ちですから、そんなことを言ってきたと知ったら何をしてくるかわかったものじゃありませんよ」
そう告げたら慌てている。
「あ、あー……。ならさ、君の友達を紹介してよ」
「は? 嘘でしょ?」
同じ言葉で返したよ。
「なんで私が初対面の男性に友人を紹介しなきゃいけないんですか。第一、婚約者がいることすら知らずに声をかけてくるような男性に、大事な友人を紹介するわけがないでしょうに」
子息の顔が引きつる。
「では、もう話しかけないでください」
そう言って去る。
その事は即、アシュトンの耳に入った。
またもやハイライトの消えた瞳で私に問いただしてくる。
「……告白されたって聞いたけど」
「婚約者がいるって言ったらバカにしたように『は? 嘘だろ?』って言われ、次には幼なじみ目当てで『友達を紹介してくれ』って言ってきましたね」
「…………」
経緯を語ったら、アシュトンがしばし黙った後ため息をついてまた尋ねた。
「ソイツの名前は?」
「聞くと思います?」
「思わない。……相手も、ローズマリーの名前を知らない、と」
「その通りです」
アシュトンがまたため息をつく。
「うちから抗議を送る。あと、別で俺からも警告する」
「存分にやっちゃってください」
アシュトンが、私の頭を撫でた。
「……やきもちやく前に、ローズマリーがかわいそうになっちゃうよなぁ」
「はは。慣れてますから。……それに、私にはアシュトン様がいるから大丈夫ですよ」
ニコリ。
笑顔を向けたら、アシュトン様が輝くばかりになった。
「うん! 君のため、君だけのアシュトンだから!」
アシュトンは本当に抗議を行ったらしく、本人でなく親がうちの親に謝罪に来て、当人は謹慎で休学になったそうな。
……この話も広まらなかったのか、後続で数人同じことをやられ、同じように返し、同じ目に遭っていた。
その、謹慎になった子息を好きだったらしい令嬢がいて、私に抗議してきた。
「勘違いしないでよ! アンタに言い寄ったんじゃなくて、アンタを利用しようとしただけ! なのに、婚約者に横恋慕したとかいう理由で謹慎になるなんて、おかしいでしょ!? アデライン様ならまだ許せるけど、添え物のアンタがモテるって勘違いしているの、本当に許せない!」
何を言ってるんでしょ。
「他人様の婚約者に言い寄ったフリをして利用するほうが、より抗議する案件ですけどね。親切に教えてくださりありがとうございます。婚約者にそう伝えておきます」
そう返したら慌てている。
「……ちょ、ちょっと待ってよ。ふざけただけだから」
知るか。
「初対面なのに、ふざけるのは失礼ですね。どちらにしろ、暴言も含めて抗議させていただきます」
そう言ったら泣き出した。
知るか。
*
帰りの送迎でアシュトンに出迎えられたとき、声をかけられた。
「ローズマリー!」
私は顔がこわばる。
「――アデライン」
「よかった、ようやく捕まったわ!」
取り巻きを引き連れ、アデラインが現れた。
アデラインは、アシュトンに笑顔を向け挨拶する。
「はじめまして。私はローズマリーの親友のアデラインです」
他の取り巻きも、口々に「彼女の友人の……」と挨拶をしている。
いや、私の友人ではないよ。アデラインの友人って意味かな。
アシュトンは、私を見た。
私は軽く肩をすくめる。
「はじめまして。そしてさようなら。行こうか、ローズマリー」
アシュトンの挨拶に、私は目を瞬いた。
いや、全員がアシュトンの挨拶に目を瞬かせた。
「……そうですね、行きましょう。久しぶり、アデライン。その他の皆様ははじめまして。それでは失礼します」
私も挨拶をして、アシュトンのエスコートで馬車に乗り込む。
アデライン他、ポカーンとした令嬢たちを置いて馬車は進んだ。
「……アシュトン様」
「何?」
「満点です!」
ここまでキッパリと私を選んでくれた人がいるだろうか!
否、いない!
「アシュトン様、私もどんな想いも受け止めますので、思う存分にしてくださいね!」
そう言ったら苦笑された。
「うん。……でも、今もけっこう好きにやっちゃってるよ。別れがたいから、遠回りして送ってるし、朝も、どんどん時間が早くなってるのに対応してくれるし。デートもたくさんしてくれるし。手紙は送るだけじゃなくて返してくれるし。……あとは結婚なんだけど、事前準備があるからって早めは無理だったんだ。その代わり、盛大にやるっていうことで決めた」
「お任せします。……ただ、弱小子爵家なので、支度金には限度がありまして……」
「そこは全く気にしないで。両親も君を逃さないから、金で解決できる問題はうちがどうにかするからさ」
すごいことを言ってるわー。
感心していたら、アシュトンが言いづらそうに私を見ながら言う。
「……で、そろそろ両親と妹との顔合わせをしてもらいたいんだけど」
「はい。マナーも平均レベルまできたそうですので、大丈夫だと思います」
「そこは全然心配しなくていいから」
そうは言っても、あまりにもひどかったらダメでしょ。
*
翌日、休み時間にアデラインが現れた。
「昨日は話があったのよ」
そう言われたが……。
「格上の婚約者を待たせるのは失礼よ」
たしなめたら驚いた顔をされた。
「……そうね、ごめんなさい。それで、いつの間にかあなたが婚約していたから驚いたのよ。いつ知り合ったの?」
「あなたにお見合いに付き添ってもらったとき。あのレストランで知り合って、意気投合したの」
「え!? 怒って先に帰ったあのとき、そんな出会いがあったの!?」
あったのよ。
「別に、毎度のことだから怒ってはいないけど、無視され続けるのもくたびれるから帰ろうとしたのは事実ね。……ちなみに、今までも無視されて帰ったことはけっこうあるけど、気づいてなかった?」
気づいていると思ってたのに、勘違いだったのか。
そうしたら、気まずそうにアデラインが言う。
「え……っと、機嫌を悪くしたと思っていたかな……」
気づいてはいたのか。
アデラインは取り繕うように慌てて話し始めた。
「それで、いつもの通りに紹介してくれると思って待っていたのに、今度の彼はなかなか紹介してくれないからこちらから声をかけたのよ。他の友達も、ずっとあなたの彼の話をしていたのよ? ぜひ話が聞きたいって……」
私は首をかしげる。
「今までは相手にあなたを紹介してくれって頼まれたから。見合いだけはこちらから頼んだんだけど、他は全て相手からアデラインを紹介してくれってお願いされていたの。婚約者は、あなたのことを知らないから頼まれなかった、それだけ」
アデラインが固まった。
「あと……昨日現れた彼女たち、私の友人じゃないわ。……嫌な言い方をすると、高位貴族の友人は、ちゃんと私の名前を覚えていて、呼んでくださるけど、彼女たちは私の名前も顔も覚えていないのよ? そんな人と仲良くなれないし、なりたいとも思わないわ」
そう言うと、アデラインが啞然としている。
「……え、嘘でしょ?」
「昨日、彼女の友人って彼女たちは言っていたけど、名前は呼ばれてないわよ、私」
アデラインは眉根を寄せたが、
「……考えすぎじゃない? いくらなんでも名前と顔くらい覚えているわよ」
「あなたがいないときに話しかけたことが何度かあるの。『誰?』って顔をされて、決して私の名前を呼ばなかったわ」
そう言ったけど、アデラインは信じない。
「気のせいよ」
「……じゃあ今度、私の名前をフルネームで言ってって尋ねてみたら?」
「えぇ。そうする。……でも、あなたも悪いのよ? あなただって会話に入らないし、名前を呼ばないでしょう?」
「その努力は十代前半でやめたわねー」
「努力って……」
アデラインは呆れた顔をしている。
私はため息をついた。
「……とにかく、もういいの。私は、私を認識してくれる方々と巡りあえたから、その方々を大事にするわ。侯爵子息と付き合いだしたって噂を聞いて近づいてきたり、ましてやアデラインが紹介したんだって勘違いして奪おうとしたりする人たちとは仲良くしたくないの。……あぁ、それと、アデライン目当てで私の名前も顔も知らないのに付き合おうとするバカな令息もね。私は、私を選んでくれる方を見つけたから」
そう言って会話を打ち切った。