第5話
お昼休みになり、待ち合わせの場所に行った。
相手は高位貴族なので、待たせてはならない。
可能な限り高速で向かったわよ。
おかげさまで一番乗り!
その後、やってきた令嬢がたは私を見て、
「待たせてしまったかしら」
と、声をかけてくれた。
毎度おなじみ「誰?」とやられなくて良かった。
「いいえ。同じくらいです」
と、無難に頭を下げる。
ランチとはいえ、高位貴族との食事だ。
「教養の授業は昨日から受け始めたばかりですので、失態がありましたらご教授いただければ幸いでございます」
と、あらかじめ言っておいた。
「誘ったのは私たちですから、気になさらないで」
と、言われましたが、鵜呑みにはしませんよ!
高位貴族の食堂は、席に着くと持ってきてくれるようだ。
教えてもらいつつ、見よう見まねで食事をする。
褒めてくださったり、笑顔を向けられたりするのに内心で驚く。
……高位貴族って、親切なのね。
低位貴族なんて自分のことしか考えてない上、足の引っ張りあいよ?
あのアデラインすら、悪口や陰口を言われているし。
私は空気だから、名前すら覚えられていないから言われないだけ。
食事が終わり、食後の紅茶を飲む段階になって、ようやく本来の目的らしきことを尋ねられた。
「アシュトン・ブラックウッド侯爵子息と婚約したと聞いたのですが……。本当ですか?」
「はい」
私がうなずくと、全員が視線を交わしている。
「……あの……。どういった経緯で婚約されたのか、お伺いしてもいいかしら?」
と、聞かれたので話した。
見合いの席に、才色兼備で有名な幼なじみの女性に付き添いで来てもらったら、見合い相手もその親も幼なじみに夢中になり私を眼中にもおかずずっと無視していた。
そうなる気はしていたがあまりにもあからさまだったので、途中で離席したら、たまたまずっと相手が訪れない男性が目に入り、気の毒になったので席に座り、験担ぎとして相手が現れるまで座っていようかと提案し会話していたら意気投合し、結婚の約束をした……と話したら呆れられた。
「……あの、よけいなお世話とは思いますが、そんなに簡単に決めてしまわれて大丈夫ですか? アシュトン・ブラックウッド侯爵子息のことを何も知らないのでしょう? 侯爵子息で嫡男なのに婚約者がいないというのは、問題があるということなのですよ?」
と、親切にも忠告を受けた。
私は今、ちょっと感動している。
だって、今まで私にそんな気遣いをしてくれる人なんて一人もいなかったのに!
私を空気扱いしているクラスメイトなんて、お近づきになりたいって自分のことばっかりで話しかけてきたよ!
「……ご親切にありがとうございます。ですが私、彼を逃すともう後がないのです」
というわけで、なぜかわからないけど周囲から空気のような扱いを受け、いまだ釣り書きが一枚も届かず、寄ってくるのは才色兼備の幼なじみ目当ての男性で、私を足がかりにして彼女と知り合ったとたんにフラれる……と語った。
「ですので、アシュトン・ブラックウッド侯爵子息に何度も確認し、いつでもどこでも誰とでも私を一番に選んでくださるのであれば、他は気にしません、と言い、アシュトン・ブラックウッド侯爵子息は約束されたのです」
キッパリと言ったら、皆がかわいそうな子を見る目で私を見ていた。
「……釣り書きが、一枚も来ないのですか?」
「はい。いまだ、一枚もです」
「……そうですか……」
また、皆が視線を交わす。
「……あなたが納得しているのであれば、よけいな口出しをしませんわ。ただ……私どもにも多少関連しますので、お話ししますわね」
と、正面のナーシー・エアーライン伯爵令嬢が語り出した。
彼女の姉君が、以前アシュトンの婚約者だったそうだ。
「最初の婚約者に逃げられて、その後は婚約ではなくまずは結婚を前提とした友人から……というふうに話を進めていたそうです。最初の婚約者を引きずっているからとのことで、なら、それが癒えるまで様子をみようということになりまして」
ところが、ものの数日……正確に言うと翌日にはナーシー嬢の姉君にアシュトンは夢中になり、始終一緒にいたがり、彼女に近づく男性に嫉妬し、手紙は毎日送ってきて、しかもどんどん分厚くなる。
最終的に、婚約していないのに結婚式の日取りを来月にしたいと言ってきた。
彼女の姉君は最初こそ喜んでいたのだが、だんだんウンザリしてきて、最終的に婚約はしないことに決めたらしい。
「今どきは恋愛結婚が多いですもの。いまだ親同士の紹介等での見合いは多いですが、合わなかったら悲劇ですので婚約を断るのはよくあります。……ですが、アシュトン・ブラックウッド侯爵子息からはかなりしつこくされて、姉は隣国に留学してしまいました」
そうなんだ……。
としか言えない。
君が好きな自分が好き、って言ってたから、久しぶりに夢中になれてはっちゃけてしまったんだろうね。
今度は隣の令嬢が話しだした。
こちらはラベンダー・ホワイトツリー侯爵令嬢だ。
「その後、アシュトン様は学園内で交際をしていたようなのですが、なかなか婚約者が決まらず、うちに打診が来ました。……我が家はブラックウッド侯爵家と交流があり、幼い頃からアシュトン様に憧れがありまして、私に話が来たときには舞い上がりましたが……」
アシュトンは現在二十四歳で当時十八歳。年齢差があったのとまだ幼かったので婚約者になれず、だけどもアシュトンが次々に玉砕していくので、彼女に白羽の矢が立ったということだ。
「憧れのお兄様は、恋する自分に酔う気持ちの悪……いえ、思い込みが少々激しい方で、本当の私を見ていただけませんでした。『私自身を見てほしい』と訴えましたが、お兄様は解ってくれません。私はお兄様が好きなのは私ではなく私を好きなお兄様自身だと言い、別れを告げました」
あ、ここに君が好きな自分が好きを告げた人がいた!
私はうなずく。
最後の令嬢、シャルル・ハイメック伯爵令嬢が話す。
「最後は私の姉に話が来ました。姉はとある理由で婚約者がいなかったのですが、それ故に白羽の矢が立てられたようです。我が家はブラックウッド侯爵家に恩義があるため断れず……。姉は最初からアシュトン様に冷たく当たっていましたが、アシュトン様はへこたれません。最終手段で、姉は『貴方の愛が重いので、少し気持ちを冷ましてほしいのです。一定期間、連絡をとるのをやめましょう』と告げ、姉は他国へ逃げました。一定期間をどう捉えたのか、翌日にはまたアシュトン様から手紙が届きましたが……全部送り返しております。一昨日まで届いていたのですが、昨日からやみまして、これは……と思ったら高位貴族の教養に貴女が現れたので、そういうことかと解りました」
はい、私と婚約することになったからです。
……へぇ、浮気はしないってホントなんだ。
いまだに手紙を送ってたらぶっ飛ばすところだったよ。
「……以上です。アシュトン様は容姿も素晴らしいですし成績も常に上位で、一見物腰柔らかで気さく、おまけに侯爵子息ですから大変な人気で、付き合った方も多いのですが……。執着がすごいわりに相手を見ていないので、誰もが愛想を尽かしてしまいます。……これを聞いても、貴女の気持ちは変わりませんか?」
「はい」
私はためらいもなくうなずく。
ポイントはそこじゃないからね!
私は昨日を思い返して目を伏せる。
「……私、昨日は非常にうれしかったのです。幼なじみ以外で、私を呼び止め名前を呼ばれたのは数えるほどしかありません。ここ数年、あったかしらと思い出せないほどに。……それほどに私は人の印象に残らず、空気のように扱われてきました」
皆様方、なんと返事していいのかわからないようで黙って私を見つめている。
「ですので、私こそ誰でもいいのです。常に私を優先し、誰といようが私を選ぶ、そう約束してくれるのであれば、誰でも。好きになってくれなくても、『君に恋する俺が好き』でも構わないんです」
そう言ったら、皆が顔を見合わせる。
ラベンダー・ホワイトツリー侯爵令嬢が、うなずいて私を見た。
「……そう納得しているのでしたら構いませんわ。ですが、もしもつらくなったら遠慮なくおっしゃってください。ここにいる私たちはあなたの味方ですから。……あぁそれと、そういう経緯がありますので、ブラックウッド侯爵夫妻も、礼儀にとやかく言いません。あちらも、貴女に逃げられたら後がありませんし、そもそも嫡男が礼を失しておりますから。私たちも、細かく言う方にはさりげなく釘を刺しますわ」
味方してくれるとな!
「ありがとうございます。……こういった縁もすべてアシュトン様のおかげですし、やはり私としては良縁だったと思います」
そう言ったら苦笑された。