第4話
とはいえ、高位貴族に嫁ぐ予定ならばいつもと同じというわけにはいかない。
主に授業内容だ。
学問に関しては全員一律なのだが、教養に関しては高位貴族と低位貴族は差がある。
低位貴族の女性は縫い物や料理などもできるように、男子は格闘術など、平民に近いことを学ぶ。
平民に嫁ぐパターンもあり得るので、そちらの知識も一通り学ぶのだ。
逆に、高位貴族で必須なのはダンス。
マナーについても低位貴族と高位貴族では差がある。
そういうわけで、事情を説明して教養の授業内容を高位貴族のほうに移してほしいと教員に頼んだ。
真面目に授業を受ければ平均レベルまでいくでしょう。侯爵夫人だと、平均レベルではダメかもしれないけど……。
ただ、目立つことはないでしょう。なにせ、空気の女なので!
失敗しようが何をしようが絶対に注目を集めない自信がある。
「あの方、あんな程度のマナーで侯爵夫人を名乗っているのかしら……」
なーんて悪口を言われる以前に、
「え? 侯爵夫人? いらっしゃっていました? 見かけた覚えが……」
って言われると思うし!
――と、思っていた時期もありました。
いや、実際しばらくは何事もなかったのよ。
いよいよ教養の授業だと教室へ向かおうとしたら、急に誰かがやってきた。
「ねぇねぇ、侯爵家の子息と婚約したって、本当なの? もしかしてアデライン様のご紹介……とか?」
…………。
うん、きっと私に話しかけたんじゃないでしょう。
名前を呼ばれなかったし、そして彼女たちは確か私が話しかけたときに「誰?」って顔をしてきた気がするし。
私も、「誰?」って感じで首をかしげて彼女たちを見た後、そのまま去った。
*
教養の授業はまるでなってなかったし知らない作法が山ほどあったけど、覚えてやればいいだけなので、とにかく詰め込み実戦を繰り返すことになった。
意地悪されるほど私に注目が集まるとは思えなかったが……。
さすがにこの時期にクラス編入があるとなると高位貴族との婚姻が決まったと察してもらえるらしく、それなりに注目を集めた。
授業が終わった後に話しかけられる。
「こんにちは、ローズマリー・ボーモント子爵令嬢。よかったら明日、ランチをご一緒しませんこと?」
と言われたので、
「…………はい、ありがとうございます」
と返した。
……名前を呼ばれたのが久しぶりすぎて、ちょっと動揺してしまった。
それにしても、昼休みか……。
今まで一度も誘われたことなどないので、一人で孤独に食べていた。
ちなみに、食堂で座っていると勝手に周りに人が座り、先に座っていた私を邪魔者扱いしてくるということが毎回あったので、持参していた。
明日は持っていかないほうがいいだろうな。どうなるのかわからないけど、ご一緒ってことは食堂だよね。持参しちゃいけないだろ。
……と考えていた今日のお昼休みに、
「一緒に食堂に行かない?」
と、クラスの一度も話したことのない令嬢に誘われた。
だけど、相変わらず私の名前は呼ばれないので私じゃないと解釈した。
そのまま席を立って『一人でゆっくり食事ができるスポット』に移動しようとしたら、立ちふさがられる。
「ちょっとちょっと、なんで無視するの?」
私は彼女を見ると、首をかしげた。
「……もしかして、私に言ったんですか?」
「そうそう! 話をしてみたくて!」
「……名前を呼ばれなかったので私だとは思わなくて。どちら様でしょう?」
彼女は顔が引きつっている。
「……クラスメイトの名前を知らないとか、あり得なくない?」
「そちらも私の名前を知らないでしょう?」
そう返したら詰まる。
……よくそれで、他人を非難できるな。自分を棚に上げすぎだろ。
そう思っていたら、急に彼女が朗らかに言った。
「でも、アデライン様の取り巻きっていうのは知ってるよ!」
それを聞いた私はため息をついた。
……私って、取り巻きなんだ。
「他の人と勘違いしてますよ。私は彼女の取り巻きではありません。そして私はあなたのことを知りませんので、お話しすることはありません。では、失礼します」
「え……」
彼女の脇を抜けて歩く。
……えぇ~。
アデラインに高位貴族の男を紹介してもらったって噂が流れてるの?
誰が流してるのよ?
*
帰り、アシュトンが迎えに来てくれた。
「やぁ! 朝会った以来で待ち焦がれたよ!」
「大変じゃありません?」
毎回これじゃ、仕事にならないんじゃないか?
「だって、久しぶりだもん! 会いたくてしょうがなかった!」
テンション高いなー。
エスコートされて馬車に乗る。
「朝とはちょっと違うね」
って言われたので、思わずドヤ顔で親指を突き出した。
「本日から、高位貴族の教養を習い始めました。ちょっとは成果が出たようですね!」
それを見たアシュトン、思いきり噴き出している。
「やっぱりかわいいなぁ! 早く結婚したいよ!」
「卒業したら即お願いいたします。昨日の今日なのに、すでにクラスで不穏な動きがありました」
「は?」
アシュトンの瞳のハイライトが消えた。
私は、『今まで一度たりとも声をかけられたことなどないのに今日二回も令嬢に声をかけられた。そのどちらも、幼なじみに侯爵子息を紹介されたって噂について聞きたいと言ってきた。どこでそんなデマが出たのかわからないが、恐らくその令嬢たちはアシュトンに狙いをつけて奪いにかかってきている。あるいは全く仲良くないし話したことすらない、今まで空気扱いの私の親友だとか抜かしてアシュトンに取り入り高位貴族で独身の人を紹介してくれとか言ってきそうな雰囲気だった』と、話した。
私は仏頂面。アシュトンも苦い表情だ。
「フリーのときはまるで相手にしてくれなかったのに、なんで結婚相手ができたとたんにそうなるかなー……」
「急にモテだしたからって浮気したらマジでしばくぞ」
「だから、しないから!」
ギュッと手を握ってくる。
「君は俺の女神様だから。君以外は眼中にないよ」
……そういう自分に酔っているのね。なるほど。
私はうなずく。
そしたら、
「クールな君が素敵」
とか言ってきた。
私ってクールなんだ?
*
翌朝もアシュトンに送ってもらった。
「じゃあね、俺の姫君」
とか言ってます。
「送迎ありがとうございました」
私はお礼を言って別れる。
昨日よりギャラリーが増えている……が、大半は去っていくアシュトンを見ているので、やはり私は空気なんだなと再確認した。