第3話
君に恋する俺が好き、な、私の恋人だが。
翌日、父にご挨拶に来た。
「娘さんをください」
ってさ。
父はポカーンとしていたよ。
私は、まだちょっと彼を信じられなかったので、保留にしてと言った。
「重い愛とかどうでもいい。本当に私を選ぶのかを見極めたい」
「俺の愛を試すのか! イイネ!」
すごいな、意味がわからないけど浮かれているよ。
父はついていけていない。
「……ちょっと待て。いい人がいるならなぜもっと早く言わなかったんだ? 父さんも母さんもルシアンも、お前の嫁ぎ先を必死で探していたんだぞ!」
父さんが怒ってますが。
「昨夜、見合いと勘違いしていた席で相手方から完全無視されていましたので席を立ったら、運命の出会いがありました」
そう言い返したよ。
父が気まずそうになった後、ハッとして私と彼を見比べた。
「……は? つまり、昨夜会ったってことか?」
「「はい」」
私と彼はうなずく。
「早すぎないか!?」
父が言ったので、また声を揃えた。
「「逃げられたら後がないので」」
「…………」
父が黙った。
「まずは自己紹介をさせてください。私はアシュトン・ブラックウッド。侯爵家の子息です」
私と父は、紅茶を噴いた。
「……は? 侯爵家の子息? 嫡男じゃないよね?」
私が尋ねたら、笑顔で返してくる。
「嫡男だよ。安心してくれ」
「……それのどこに安心できる要素が……?」
高位貴族の仲間入りじゃない!?
私、どうせ結婚出来ないからってマナーやら何やらほとんど習ってないんですけど!?
「昨日、自己紹介をしたじゃないか。高位貴族に成り上がったってノリノリだったじゃないか」
ってアシュトンに言われた。
「……酔っぱらっていて覚えておりません……」
自己紹介をしたのは覚えている。
だが、そんなことを言った覚えがない。
「……昨日は、『私を選んでくれるのなら、どんな困難も乗り越える』って言ってたのに……」
絶望感漂う顔をアシュトンがしたので、私はキリッと顔を引き締めた。
「その言葉に偽りはありません。私は全てにおいて平均レベルですが、学べば平均レベルには達するということです。私を一番に選んでくださるのなら、高位貴族のすべてを平均レベルまで習得してみせましょう」
「もちろんだとも! 俺も君の望むとおりに協力するから、悲観的にはならないでほしい!」
ガシッと両手を握られた。
逃がさないぞというわけですね。望むところです!
「ただし、マジで私を選んでくださいね。ちょっとでも私を選ばないことがあったら、私は即切り捨てますからね」
「もちろんだとも!」
父が、呆れたような……いや、かわいそうなものを見る目をしている。
父の目線に気付いた私は、父に言った。
「私は今まで一度たりとも選ばれたことがないんですよ、お父様。……ルシアンについては嫡男なので優先するのは当たり前と理解しています。ですが、他の方と一緒にいても私は空気のような扱いです。お父様だってご存じでしょう? 私の婚姻の話を持っていっても、軽く流されて別の話をされる。つい昨日も選ばれませんでしたね。もしかしたらお父様の顔を立てて私を優先するかとほんの少しだけ期待しましたが……。全くと言っていいほどなかったですね!」
私の話を聞いたお父様が顔を伏せた。思い当たりすぎるのだろう。
一枚も届かない釣り書き、アデラインと接点をつなぎたいためだけに私に粉をかけてくる令息……。
それらは私にとっては当たり前の出来事で、だからこそ降って湧いた奇跡を掴み、その契約に縋るが、だからといって信じられるわけがない。
だって、繰り返すけど『選ばれない』のは私にとって当たり前の出来事なのだから。
アシュトンが朗らかに言う。
「だから、安心してくれ。俺から手放す気はない。いや、君に期待しているから君から手放そうとしても無理かな!」
「選ばないくせに手放さないのはやめてください。それって浮気」
「しないから! なんでする前提で話すんだよ!」
面白いから。
ちょっとしつこかったかなと反省したのでペロッと舌を出したら、
「かわいいなぁ! こんなかわいいお嫁さんをもらえて世界一幸せだなぁ!」
と、結婚の許可すらもらってないのに言い出した。
そもそも侯爵家からの打診ならば断れない。
そして私には他に釣り書きなど届いていない。
ゆえに、父は許すしかないのだ。
「……娘を、幸せにしてやってください」
「必ず……とはお約束できませんが、娘さんが望むことはなんでも叶えるつもりです」
つまり、どんなときでも私を選んでくれるのね。よし。
ひとまずは挨拶だけ……とアシュトンが帰った後、父に尋ねられた。
「本当に、あの方と結婚するのか?」
父の発言に呆れる。
まだわかってないのか。
「言いたくなかったのですが、察してもらえないようなのでハッキリ言いますね。……昨日のあの子息のような私への扱い、アレが私の当たり前の日常です」
父が驚いた顔をしている。
「あの子息と、アデラインのいない場所で会ったとして、向こうは私を覚えてないでしょう。名乗って挨拶しても、『誰?』って顔をされます。私の言っている『空気のような扱いをされる』というのは、そういうことです。私の名前と顔を覚え、私を一番に優先すると誓ってくれたのは、今帰ったアシュトン様しかいないんですよ。……そんな私に、彼以外の相手がいると思っているんですか? 結婚せずにこの家に一生いて養ってくれるのであれば、それでもかまいませんが」
父が視線を逸らしながら言った。
「……いや……。私も母さんもルシアンも受け入れるが、ルシアンの結婚相手が嫌がるだろう」
でしょうね。
ちなみにルシアンの婚約者からも私は空気みたいな扱いをされる。
……そうか、空気みたいな扱いなら、居座っても平気かもしれないな!
とは思ったけど、敢えてその道を選ぶことはない。
唯一、私を選んでくれるという人がいるんだもの。君が好きな俺が好きって性癖だろうが、どうでもいいよ。マジで。
*
翌朝、アシュトンが馬車で迎えに来た。
「おはよう! 学園まで送るよ」
さわやかに挨拶された。
「おはようございます。……すごいですね! 婚約者っぽいです!」
「このくらい序の口だよ。さ、行こう」
そういうことで、馬車で送られます。
馬車の送迎は、低位貴族ではほぼない。
貴族学園は貴族街にあるからね。
ところが、高位貴族はほとんど馬車だ。
ゆえに、馬車止めは高位貴族の馬車ばかりなのだが……。こればかりはしかたがない。
下りるときに手を貸してくれた。
そして、別れ際に困ったような顔で言う。
「あ、俺って束縛する系でやきもちやきなんだよ。君が他の男と仲良くしていると相手を殺しちゃいそうなんだけど」
私はフッと冷笑する。
「私の話を聞いてました? 私に言い寄るのは、才色兼備の幼なじみ目当てばかりです。……そんな男と仲良くしたいって、私が本気で思っていると?」
アシュトンが、黒い笑顔になった。
「じゃあ、抹殺しちゃっても大丈夫なんだ?」
「その前にお断りしますよ。私、恋人が出来たので!」
まだ婚約の書類を交わしていないので婚約者ではない。
だが、婚姻予定の恋人ではある!
アシュトンが輝く笑顔になった。
「そっか、そうだね! うん、バンバンお断りしちゃってよ!」
「バンバンお断りできるほど言い寄られないので……」
やきもちをやきたいのかな?
だとすると私は不適合なんだけど。ま、そこは諦めてもらうしかない。
――そう。
恋人が出来た私は世界が変わったのだ。
他の誰にないがしろにされようが、空気みたいな扱いをされようが、どうでもいい!
だって、私には結婚予定の恋人がいるんだもん!
この変化は私 (とアシュトン)だけで、他の連中には関わり合いのないことだ。
だから、学園では今までどおりの扱いだと、そう私は考えていた。