第2話
そのまま帰ろうとしたところ……ふと、目に留まった。
それは、後ろ姿の男性。
……彼、私が入ってきたときにもいたのだ。
かれこれ一時間半、二名席のテーブルについて相手を待っている。
私はちょっと考えて、そこへ歩き、彼の向かいの席に着いた。
男性は驚いたようだ。そりゃそうだろう。
私も酔っぱらってなかったらそんなことはしない。
「験担ぎですよ。私、選ばれない女なんで、ここでこうやって座っていたら、きっと相手が現れます。で、私はお役御免となるでしょう!」
うん、酔っぱらってるなと自分でも思った。
こんな自虐ギャグ、絶対言わなかったのに。
男性はしげしげと私を見て、フッと笑う。
「……どうですかねぇ。俺、捨てられたみたいなんですけど。その験担ぎってどのくらい効力があるって思ってるんです?」
私はテーブルに肘をつけて乗り出した。
「……私、たった今まで、というか今でもそこでやってるんですけど、お見合いだったんですよ。相手は弟の先輩で父の知人の息子さん。……で、美人の幼なじみに付き添いを頼んだんです。そしたら……私なんて眼中に入れず、取引先の人も息子さんも美人の幼なじみに夢中になって、ずーーーーっと美人の幼なじみと話してますよ。本来の見合い相手の私は一ッ言もしゃべらず、食って飲んで、今ここに座ってますが、だーーーーれも捜しにも来ないんですよ。すごくない?」
男性が首をかしげる。
「……それで?」
「今まで、ずーーーーっとそうだったんですよ! 私はぜーーーーったいに選ばれない! だから、あなたと私が一緒にいたら、きっとあなたの選ぶべき人が現れるという寸法です! これは、確実! 伊達に今まで一度も選ばれない人生を歩んできてないんで!」
いかん、酔っ払いがくだを巻いてる状態になってきた。
だけど、男性は私の話を面白そうに聞いていた。
「……面白い話をありがとう。御礼に俺も自分の話をするよ」
下を向いてフーッと息を吐くと、男は私を直視した。
「俺は、愛が重い」
「ナニ言ってんの?」
「いや、最後まで聞けって」
ツッコんだらツッコミ返された。
曰く。
相手のことを想いながら相手に尽くすのが好きな性癖だという。
だけど、それを受け止めてくれる相手がいないと嘆く。
「誰もが最初は『それってサイコー』って言うんだ。だけど、誰もが三ヶ月もたない。『思ってたのと違う』とは毎回言われる。この間は『あなたは私を愛しているんじゃない。私を想うあなた自身を愛しているのよ』って言われた……」
「詩人かよ」
すごいこと言ってるね。
選んでもらっただけありがたいって拝みなさいよ。私なら拝むぞ。
目の前の男性は、私のツッコミを気にせず続けた。
「……図星だったよ。俺は、相手を愛しているんじゃないんだ。誰でもいいから、愛したいんだ……」
「愛したいとか、よくもまぁ臆面もなく言えるよね。恥ずかしくないの?」
「別に。……ちなみに、感想はそれだけ?」
「浮気男や不倫男の弁解ごとじゃなければ別に~」
誰でもいいから愛したいとか言いながらいろんな女を愛するパターンね。
私の言葉に男性は眉根を寄せる。
「だから、愛が重いって言ってるだろ。浮気や不倫なんてしない」
「重さと数は関係ないし~。『誰でもいい』っつっちゃってるじゃん。それがもう浮気のサイン」
「違う! 誰でもいいけど、誰か一人を深く愛したいの! 尽くしたいの!」
「一人だけで我慢できるの? だいたい浮気男は」
「受け止めてくれるなら一人だけ! というか、誰も受け止めてくれないから泣く泣く諦めてるんじゃないか! 愛が重いと諦めるのも大変なんだぞ!」
「あ、受け止められないからって理由で浮気を」
「俺をどうしても浮気男にしたいのか! しないから!」
男性は息を吐き、独り言のように尋ねてきた。
「……もし、君を、君だけを選んだら、君は俺の愛を受け止めてくれるか?」
「……そもそも、恋人を待っているんでしょ? それって浮気よ?」
男性の言葉に即ツッコんだよ。
私の予想としては……。
――彼の言葉に私がうなずいたとたん恋人が現れるのよ。そして、
「トラブルが遭って遅れて、ようやく着いたら……ひどいわ!」
とか言って嘆き踵を返すの。
でもって、目の前の男性は私をすまなそうに見ると、
「ゴメン!」
……って私に謝り席を立ち、彼女を追いかけるパターンでしょ。
絶対にそう。
私が予想を語ると、男性が自嘲気味に首を横に振った。
「彼女が来ないのはわかってる。……冷却期間をおこうって五年前に言われたんだ。一年後にここで会おうと約束して、毎年ここにやってきている。年数を間違えたのかもしれないと思って、毎年。前後一週間と月違えも考えて訪れているが、今まで一度も彼女が来たことはない。もちろん、言われた一か月後から間違えたら嫌だと思って訪れているけど見かけない。席も、一年間指定席を予約していて、もし彼女が来たらすぐに連絡するようにって店の人に伝えてある。現れたことはないそうだけど」
「うわー……」
それはもう現れる可能性はゼロだわ。
もし今その恋人が現れたとしたら、私の『どうやっても選ばれない』という呪いがとてつもなく強いという証明になりそう。そしてそんな証明はしたくない。
私は、おずおずと彼に尋ねた。
「……もし、私がここで『受け止める』と言ったとたんにその彼女が現れたらどうする?」
「君が受け止めてくれるなら、君を選ぼう」
「よっしゃ! なら受け止めようじゃあありませんか! ただし、別の女を選んだらマジでただじゃおかねーぞ!」
酔っ払いが啖呵を切った。
男性は言ったわりに曖昧な顔になる。
「……えーと、本当にいいのか? 自分で言うのもなんだけど、俺、本当に誰でもいいんだよ。以前の恋人に言われた『誰かを好きな自分が好き』って奴なんだ。君を好きじゃないんだ」
私は身を乗り出した。
「それでも、私を選んでくれるんでしょ? ぜーったい、私を誰よりも優先して、一番に選んでくれるでしょ? 浮気、しないんでしょ?」
「それは、もちろん。そういう自分が好きだから」
「なら、いいよ! 私は誰かに一番に選んでもらいたい! どんなに美人でどんなに優秀でどんなにすばらしい経歴を持っている人が横に並んでいようとも! 私を必ず選ぶ! それが私のほしいものだから!」
私がバンザイしながら言ったら、男性もバンザイした。
「五年間、ここに通い詰めて良かった! 運命の出会いがあった!」
……ということで、お見合いに行ったら恋人ができました。
驚きの展開だね!
――恐らく私も、恋人になった男性も、精神を病んでたと思う。
病んでる者同士が惹かれ合い、うまいこと合致したのでしょう。
盛り上がってワインを追加して飲み、デザートを食べ損なったのでこちらに持ってきてもらった。
残念ながら、お持ち帰りはされなかった。
「そういうのは大切にしてないからダメな行為」なんだってさー。ちぇっ。
*
ちなみに、私のいなくなった後の見合い席ですが。
ルシアンが戻ってこない私を気にかけて、だけど盛り上がっているのでなかなか話を切り出せず、デザートが出てきたタイミングでようやくルシアンがアデラインに声をかけて私を探しにいってもらったそう。
アデラインは化粧室に行ったが私は見当たらず、青い顔をして戻ってきて私がいないことを伝えたらしい。
アデラインも、私そっちのけで見合い相手と話していたので私が怒って帰ってしまったと誤解してルシアンに謝り、ルシアンも苦い顔になった。
先輩と取引先の人はちょっとだけ気まずそうだったが、アデラインと話を進めたいとその場で父に言い切り、だけどアデラインはそんなつもりで来たんじゃないし受けられないとキッパリ断った。
「親友であるローズマリーが『一人では不安だから付き添ってほしい』、そう言ったから付き添ったまでです。相手がヒューバートおじさまの知人でルシアン君の先輩だって聞いたので失礼は出来ないと思い場を盛り上げましたけど、正直見合い相手であるローズマリーを放置して付き添いの私とばかり話すような方とは親しくなれませんし、ローズマリーにもふさわしいと思えませんわ」
父も弟も、チクリと言ったそうだ。
「……娘の紹介もさせてもらえませんでしたし、今日はもう……というより、これでもういいですかな」
「そうですね。……確かに、お願いしたのはこちらですけど、だからってどんな仕打ちをしてもいいってことじゃないと思いますよ? それくらい、学生の僕にも理解出来ます」
これでかなり気まずくなってその場で解散したそうだ。
フッ。
こちらは盛り上がりましたよ!
アデラインには悪いことをしたけれど、早いとこ見合い相手の反応がわかって良かったわー。