第12話
――と、思っていた時期もありました。
おかしいなー。
あの不穏な会話で完全に縁切りしたはずなのに、やたらめったらアデラインに会うのよ。
しかも、アシュトンと一緒の時に。
私は見ないフリをしているんだけど、アデラインが見逃さずに挨拶をしてくる。
挨拶されれば、こちらも返さねばならない。
最初は挨拶だけだったんだけど、徐々に「よく会いますね」となり、二言三言会話するようになり、とうとう「そこでお茶でも」となっていった。
意味不明。
いやキミ、私が変わってしまったって嘆き、理不尽な言いがかりをつけて責めてきたでしょ?
その話はドコいったのさ!?
「あら、アデライン。変わってしまった私とは友人の付き合いは出来ないんじゃないの?」
笑顔で言ったら笑顔を返された。
「そんなことを言った覚えはないし、思っていないわ。そして、言ったでしょ。私は友人を選ぶような人ではないって」
…………確かに言っていたわね。
うーん、さすが才媛。私よりもうわてよねー。
アシュトンが、
「あ、ゴメン。デートの邪魔しないで」
ってキッパリお断りするのでいいんだけどさ。
アデラインのことは愚痴っていない。
なぜなら、アデライン自身が私に対して『変わった』と思い、だから泣きつかれてとりなしを頼まれたときに鵜呑みにしたのが理解出来たから。
私は確かに侯爵子息との結婚を笠に着て連中に圧をかけた。
その理由をアデラインは知らないし、知ったとしても今までの私なら泣き寝入りしていたから、やはり私が変わったから報復したんだということで、同じく私に忠告しただろう。
アデラインの基準で、私を悪だと判断した。それだけ。
「……どうしたの? まだ誰かに何かされてる?」
って急にアシュトンに聞かれたのでビクッとした。
「いえ別に? ……っていうか、ネロリ嬢の話、知ってたんです?」
ネロリ嬢、隠しているようだったけど。
「そりゃあもちろん! 大好きなローズマリーのことについてなら、なんでも知ってるよ!」
えぇ……?
なんでもは言い過ぎだろ。
だって、アデラインとの確執を知らないじゃん。知ってたらアデラインに愛想良く返事をしないと思うしー。
「というか、俺がネロリに頼んだんだよ。貴族学園内は、さすがに手が出せないからさ。学生のネロリに頼んだの。ネロリも自分の結婚がかかっているから必死だよ。俺とローズマリーが破局したら、ネロリも破談になっちゃうからさ」
と、アシュトンが言った。
一家で必死だよね……。
「そうなんですね。ありがとうございます。変な噂を流されましたけど、制裁を加えていただいたようですっかりおとなしくなりましたよ」
私が言ったら、ハイライトの消えた目のアシュトンが言う。
「マジで家ごとぶっ潰そうと思ったんだけど、侯爵家の婚約を壊そうと画策していたって周知させて、婚約破棄のち平民堕ちにさせる程度に留めておいたよ」
「……え?」
なんかすごいことをサラッと言ったような?
「高位貴族から目を付けられているなんて、普通に考えて縁づきたくないでしょ。婚約破棄されるのが当たり前。でもって、普通の当主ならそんな娘息子は切り捨てるでしょ」
そうアシュトンに説明された。
そうかもしれない。
なるほど、そりゃあアデラインにとりなしてって縋るわ。
でも、縋られてもね。
私がやったわけではない。侯爵家の意思だよ。
*
結局。
アデラインとはズルズルとごく浅い交友関係を続けたまま、卒業式まできた。
結婚式は来週だ。
招待客にも全て手紙を出し終え、返事が来ている。
侯爵家の嫡男の結婚式なので、王族とかも来ちゃうらしい。
何度もリハーサルをした。
卒業式は低位貴族高位貴族合同で行われるのだけど、ドレス着用で、婚約者のエスコートが必須になる。
ここにきて婚約者がいない、という貴族は少ないのだけど……いない場合は親族の誰かになる。私もアシュトンに出逢えてなかったら父か弟に頼むことになっただろうね。
アデラインが婚約したという話を聞いたことがないのだけど、さすがにいるでしょう……。
高位貴族でないのは確か。
私にとっては低位貴族の噂より高位貴族から伝わる噂のほうが伝わってくる。
低位貴族に友人がいないからね!
アシュトンから贈られたドレスを着て歩いていると……おや? アシュトン発見。
隣にはアデラインがいるけど。
話しているので近づいた。
この期に及んでアデラインを選ぶような人ではないのだけど、話している内容が気になったのよ。
*
「……本当にローズマリーと結婚するのですか?」
「もちろん! 来週が式だよ。君は呼んでないけどね。高位貴族だけかな。ローズマリーが『低位貴族には友人がいないので高位貴族のしきたりで大丈夫』って言ってたから」
朗らかに返すアシュトン。
アデラインはそれを聞いて冷笑した。
「……本当に変わってしまったのね、ローズマリーは。『低位貴族が高位貴族に嫁入りすると、権力を笠に着るようになる』って見本みたい」
その呟きを聴いたアシュトンも、瞳のハイライトを消して冷笑した。
「そりゃあ、そうなるだろうさ。君たち低位貴族はローズマリーをないがしろにしてきて、それを自覚もしていない。でも、されたほうは当然覚えているよ。立場が逆転したなら、そんな連中は全部切り捨てるに決まってるじゃないか」
アデラインがいぶかしげな顔をする。
アシュトンはそれをあげつらう。
「そら、自覚していない。……君って、低位貴族では名高い才女なんだって? 美貌を誇り、才能を誇り、ローズマリーを貶めてそれを引き立てる。周囲はそれに乗っかって、ローズマリーをないがしろにして歪んだ優越感を得る。抱える嫉妬を見ないフリして、なんの根拠もなく『アレよりはマシだ』って思い込む。いや、ぜんぜんローズマリーのほうが上だけどね?」
アデラインは反論しようと口を開きかけたが、アシュトンがさらに続けた。
「第一、百人が百人見惚れる美女なんて存在しないよ。好みってものがあるんだからさ。髪色からして好みが皆違う。男性特有の好みで言うと、胸派か尻派、中には脚派ってのもいるし。たまたまローズマリーの周囲には、君目当ての人間しか寄ってこなかったから、そして君への嫉妬の捌け口として、あるいは君の母上が非常にうまく牛耳ったことで、それにローズマリーの母上が追従したことで、ローズマリーがこれでもかと言わんばかりに貶められた。ローズマリーは客観的に見ても平均より上だし、主観的に見ると女神レベルなんだよね。努力家で、通常の環境なら普通に友人関係を築けているよ。君の影響のない高位貴族の令嬢とは友人になっているからね」
ベラベラとしゃべるアシュトンをアデラインは無表情で見つめる。
「……本当に、彼女がいいと言うんですか? 権力を笠に着ない、もっと優秀で美貌の令嬢がいたとしても? その女性があなたに想いを寄せたとしても、彼女を選ぶんですか?」
アシュトンが、何を当たり前のことを、という顔をしている。
アデラインは、アシュトンに一歩迫った。
「私が、あなたを選ぶと言ったらどうします? 釣り書きが一枚も届かない彼女より、毎日うんざりするほどに釣り書きの届く、選り取り見取りの私が、あなたを選ぶと言ったら? 彼女よりも優秀で、ピアニストとしても成功している私が、あなたを選ぶと言ったら、どうします?」
「え、どうもしないけど」
即アシュトンが返した。
アデラインが笑う。
「誰が見ても、私とローズマリーなら私が何もかも上だって言いますよ。ローズマリーで妥協した男性も、私が笑顔を向ければすぐに私に乗り換えます。――私、あなたもローズマリーで妥協したって、知ってますよ。あの見合いの席には私もいましたから。あなた、レストランでずっと一人で座ってましたもんね。……相手が来なくて、ローズマリーで妥協したんでしょう?」
からかうように言われ、アシュトンが真顔になった。
アデラインもアシュトンを見返し、さらに一歩迫る。
いたずらっぽく含み笑いしながら上目づかいでアシュトンを見る。
……今まで、この表情を見た男性は全員、アデラインに堕ちたわね。
さて、アシュトンはどうなるか。
私はどこか冷めた頭で二人の攻防を見た。
次話で最終話となります!




