第11話
貴族学園には、明確に爵位の差がある。
主に授業内容が、低位貴族向けと高位貴族向けとに分かれている。
他所の国には「学園の生徒の間は爵位の垣根をなくし……」などという制度を設けていると聞いたことがあるが、うちの国にはない。
王宮事務官などは、どれほどに頭が良くても高位貴族の子息子女しか入省できなかったりする。
ただしこれは親の地位になるため、伯爵令嬢が子爵子息と恋に落ちて子爵家へ嫁ぐということは普通にあるし、私の場合は子爵令嬢が侯爵子息に嫁ぐことになった。
つまり、爵位の差があるからといって、あからさまに態度に出して舐め腐った態度をとると、学園を卒業して立場がひっくり返ったときに痛い目を見るということなのだ。
高位貴族はそれをわかっているからか、誰にでも丁寧な応対をしているように思う。
子爵令嬢の私も、高位貴族の令嬢令息に見下された態度をとられたことがない。
ところが、低位貴族はそうでもない。
むしろ、低位貴族のほうが(母とヴァレンティノ子爵夫人のように)何かにつけて優劣をつける気がするわ。
……なぜこんな話をしたかというと、このところあからさまに陰口を言われたり見下されたりしているからだ。
だいたいが、「なぜあんな取るに足らない凡庸な方が侯爵子息の婚約者なんでしょう? アデライン様こそふさわしいのに」という内容だ。
言葉は変われど内容は全部一緒。
令嬢だけならともかく、子息までが言う。
――お前ら、アデラインを狙ってるんじゃないの?
侯爵子息がふさわしいっていうのって、裏を返せばお前らはふさわしくないってことだからな?
……って思うが、面と向かって言われてないため言い返せない。
うぜーとか思っていたら、ある日、アシュトンの妹であるネロリ・ブラックウッド侯爵令嬢が私を訪ねてきた。
「ネロリ様、ごきげんよう。……いかがなさいました?」
彼女とは歳が近いが、一つ下だ。
ちなみに彼女の婚約者は、なんと留学で来ていた隣国の公爵家の嫡男。
嫁ぐのが絶対条件になるため、兄が独身決定だと彼女は婿を探さねばならなくなり、婚約者とは別れなければならなくなる。
ゆえに、絶対に結婚してほしくて私との婚姻をなんとしてでも守ると言っている。
ネロリ嬢は、私にグイグイ迫ってきた。
「お義姉様、何やら不穏な話を耳にしまして……。確認にきましたの」
「不穏な話……?」
いったいなんでしょ。準備は順調に進んでいるって聞いたんだけど。
「お義姉様が、自分には分不相応だから幼なじみにお兄様を譲ると言っていると」
「絶対にあり得ませんね」
皆まで言わせず否定した。
ネロリ嬢がホッとした顔になる。
「ですよね! お兄様には、お義姉様が一番お似合いだと思います!」
まるで聞かせるように声を張り上げるネロリ嬢。
周囲が気まずそうな顔になった。
「お義姉様、お任せください。そんなくだらない噂を立ててお兄様との仲を引き裂こうとする輩は、私が全て退治して差し上げますわ」
ウフフ、と、ネロリ嬢が怖い笑顔で宣言した。
「あらそう? では、お願いしますわ。まだ子爵令嬢なので、舐められてしまっていて。生粋の侯爵令嬢のネロリ様なら、処理も上手なんでしょうね。後学のために、その手際を拝見して教わりたいと思います」
私も笑顔を返す。
「お義姉様は本当に勉強家なんですのね。えぇ、お教えしますわ。お義姉様は侯爵夫人になられるんですもの。今後も必要かもしれませんものね」
その会話で、聴こえるように悪口を言っていた輩が一斉に青くなっていた。
その後、代わるがわる令嬢令息が弁明にやってきた。
「そんなつもりじゃなかった」
「悪口じゃない」
「大したことは言ってない」
だいたいがそんな感じのことだ。
聞き流していると、話し終えたのか黙り込んでこちらの様子をうかがっている。
なので、こう言うのだ。
「それで、どちら様? いきなり初対面の方に親しげに話しかけられても困るんですけれど。まず、名乗ってくださる?」
こう言うと、相手は詰まって去っていく。
下手に名乗りたくないのだろう。
もちろん、名乗ったなら名前を覚えてネロリ嬢にチクる。
名乗らなくても制裁されているようだけどね。
その後。
アデラインに呼び出された。
綺麗な形の眉をひそめたアデラインは、私にとんでもないことを言ってきた。
「侯爵子息と結婚するのを笠に着て、周囲に威張りちらしているんですって?」
「ハイ?」
思わず聞き返してしまった。
構わずアデラインは続ける。
「ローズマリー、いくら浮かれているからってそういうことをしてはいけないわ。親友だから忠告しているの。お願いだから聞く耳を持って」
私はアデラインの顔を凝視する。
だけど、アデラインはため息をつき、私の顔を見ない。
どうやらアデラインは怒っているようだが……。
「ねぇアデライン。あなたが私の親友で忠告しているというのなら、当然、私が周囲に威張りちらしているところを見たのよね? いつ? どこで、誰に、どんなふうに威張りちらしていたの?」
私も静かに怒っている。
「そういう揚げ足取りを言うもんじゃないのよ、ローズマリー」
「あなたも、見もしてない聞きもしていないことを賢しら口で言うもんじゃないわよ、アデライン」
アデラインはそれでようやく私を見た。
私が直視しているのに驚いたようで、軽く引く。
だけど、キッと見据えて私に反論する。
「何人もの友人が泣いていたのよ。あなたが変わってしまったって。侯爵夫人になるからと見下されたって。令嬢だけじゃないわ、令息にまで鼻にかけた態度を取ったんでしょう? そんなつもりじゃなかったのにと皆が口を揃えて言っているのよ」
それを聞いて、フッと鼻で笑う。
「……アデライン。私も幼なじみとして忠告しておくわ。片方だけの意見を鵜呑みにして責めるのは愚の骨頂よ。あと、友人は選んだ方がいいわよ。よく知りもしない相手を見下し陰ひなたなく悪口を言いふらし、その報復をされたとたんにさも被害者のような顔をしてとりすがるような人間とは、距離を置いたほうがいいと伝えておくわね」
アデラインもフッと鼻で笑う。
「友人を選んでいたら、あなたとは友人ではなかったと思うの、ローズマリー」
「そうね。そちらから切り捨ててくれればありがたかったわ。母同士が仲が良いということで、互いに付き合わなければいけなかったものね」
私がすぐさま言い返すと、アデラインが真顔になった。
「……ローズマリー。やっぱりあなたは変わったわ。わかっていないでしょ? あなたが私にこんなふうに言い返しているのって、侯爵子息と結婚するからじゃない。でなければ、絶対に言い返したりなんかしなかったわ」
なるほどね。
確かにそうかもしれない。
「そう言われてみればそうね。じゃあ、その意見は正しいと受け止めるわ。……それならむしろ理解出来ると思うんだけど。変わってしまった私をいつまでも見下したままでいたら、反撃されるのは当たり前でしょう? 私の後ろ盾は侯爵家なんですもの。……ねぇ、アデライン・ヴァレンティノ子爵令嬢? 私は、侯爵夫人になるのよ」
笑顔で伝えると、アデラインは何か言いかけてやめた。
「……わかったわ。本当に変わってしまったのね」
「誰からも振り向かれず、空気のような扱いをされ、私のそばに寄ってくる男性はみなアデラインに惹かれるのが当たり前、という世界から抜け出したことを『変わった』というのなら、そうでしょうね。私を一番に選んでくれる男性と巡りあえたんですもの。私の世界は灰色から薔薇色に変化したわ」
「…………そう」
アデラインは私に背を向けた。
「そうそう、アデライン」
「……何?」
「あなたも変わったわ。……今まで、恋人が出来たら『おめでとう』くらいは言ってくれていたのに、アシュトン様と婚約しても一度も祝いの言葉を言ってくれないわよね」
「……おめでとう、ローズマリー。その幸せが続くことを祈っているわ」
「ありがとう。もちろん、ずっと続くわ」
アデラインは去っていった。
恐らく、これで完全に友人関係は断絶だろう。
母親同士も断絶している。
私にもアデラインにも、仲良くするフリをし続ける理由はもうない。




