第1話
あぁ、まただ。
そう思って、ため息を呑み込んだ。
目の前では、親友に魅せられた男が、うれしそうに親友と会話している。
もう、私のことは目に入らないようだ。
いなくなれとも思っているかもしれないな。
*
私は、ローズマリー・ボーモント。平凡な名前の私は、顔立ちも平凡だ。
いや、人並み程度のかわいさは持っていると思う。
だけど、飛び抜けた美少女ではない。
そして、何をやらせても普通にできる。
できないとか鈍くさいとか、そういうことはない。
だけど、飛び抜けてできることはない。
語るとおり平凡な私が唯一持っているものは……非凡な幼なじみだった。
母親同士が親友というありきたりの理由で、私とアデライン・ヴァレンティノは幼い頃から仲良くしていた。
ちなみに、母親同士は釣り合いが取れている。
母も彼女の母親も、どちらもそこそこ美人といった容姿で、どちらもそこそこ容姿が良い子爵家へ嫁ぎ、どちらも一男一女をもうけた。
示し合わせたように仲良く同じ年に結婚し、娘も息子も生まれ年が一緒だった。
ただ一つだけ違うのは、母の産んだ娘が凡庸すぎたってことだ。
私は、片親だけに似れば良かったのにというくらい、微妙な仕上がりになった。
不細工ではない。ではないのだが……この両親から生まれたのならもう少し美人でもよくない? という、人並み程度さだ。
打って変わって、ヴァレンティノ夫妻から良いところを集め奇跡のような造形になったのがアデライン。
ちなみに、私の弟であるルシアンも、アデラインの弟もそこそこのイケメンになっている。
私だけが、微妙になった。
だからといって、あからさまに差別され虐待されたとかそういうことはない。
ただ、選ばれないだけだ。
歳の近い親戚の集まりでルシアンと私がいれば、まず弟が声をかけられる。
これは仕方がない。ルシアンはイケメンというだけではなく跡取り息子だもの。
だけど、空気みたいな扱いを毎回されれば、私だってお愛想笑いがこわばるというもの。
だんだんと足が遠のいた私は悪くない。
両親もルシアンもわかってないようだけど、私はプライドにかけて「跡取りで容姿端麗成績優秀な弟ばかりがチヤホヤされて私は無視されるのが嫌だから行かない」とは言わない。
気分が乗らないだけ。そう、気分が乗らないだけなのだ。
まぁ、弟のことはいい。
跡取りというのもあるが、男女の違いもあるから。
弟と張り合って『どちらが令嬢にモテるか』なんてやりはしないしする気もない。
問題は、幼なじみのアデラインだ。
いや、アデライン自体に問題があるわけではない。
彼女は明るく溌剌としていて、容姿端麗成績優秀という死角ナシの恐ろしい令嬢なのだ。
だけど……わかるでしょ?
そんな彼女と一緒にいる私がどういう扱いになるか。
決して陰口を言われたわけではない。
いや、陰で言ってるのかもしれないけど私は知らないので、言われてないと解釈する。
だけど……。
周りの令嬢も、好意を寄せた子息も、誰も彼も、彼女を選ぶ。
私を、彼女への足がかりにする人もいる。
私が彼女と仲が良いから、私と仲良くなれば彼女とも仲良くなれるから。
そうして、乗り換えられること数回。
途中からはもう、告白されても断るようになった。
私も、毎回彼女目当てで乗り換える前提の男とばかり付き合ったわけじゃない。
「彼女じゃなくて、君がいい」
と告白してきた奴だっているのだ。
その言葉を信じて、彼女に紹介し……数日後には「彼女を好きになったので別れてくれ」と言われるのだった。毎回。
誰もがそう。
私でもいいと、皆が言う。
そう、私は最後まで選ばれない余り物で、私がいいとは言われない。
たとえそう言った人だって、彼女がいればそちらを選ぶ。
……その悩みを、私は誰にも言えない。
もしも、同じように悩んでいる人がいたなら話せるだろう。
だけど、私の周りにはそんな悩みを持つ人なんていない。
だって、誰もが私以外を選ぶ人であり、選ばれる人なのだから。
私は誰からも選ばれず、そして誰も選ばない。
選んだとしても、どうせアデラインに持っていかれる。
どうせ手放すのなら、選んだって無駄なのよ。
恐らく、互いに悟っていると思う。
『私たちは釣り合っていない』と。
でも、それを理由で離れると母親同士が気まずくなるだろうから、一緒にいて仲良くしているフリをする。
特に私は、アデライン以外の友達はいない。
明るくて聞き上手で話題が豊富で頭の回転の速いアデラインと誰もが仲良くなりたがるし、極平凡な私はそこに交じっているだけの空気。
顔も覚えられていないので、アデラインがいないときに話しかけても「誰?」って顔をされる。
何度も繰り返し……空気と話をしようなんて誰も思わないってことだと理解した。
もし、アデラインがいなかったら私を見てもらえるのか……とは昔思ったことがあるが、そんなことはなかった。
私自身に見てもらえるような特徴がない。
実際、貴族学園でアデラインとは別クラスだったが、私のそばにいる誰かが選ばれ、最後まで私は選ばれないからね。
選ぶのは、前述したアデライン目当てで藁にもすがる人たちだ。そうじゃなきゃ、選ばれない。
選ばれない方、というのが私の人生の役割だと理解した。
現在十七歳。
本来なら、婚約者がいてもおかしくない年齢になった。
昔ならともかく、今時……特に低位貴族の婚約なんてゆっくりで、恋愛結婚も非常に多い。
とはいえ、あと一年で卒業ともなると、よっぽどのことがない限り令嬢方には婚約者もしくは恋人はいるもの。
卒業後に働く貴族女性はさほど多くない。
そもそも未婚令嬢の数が少ないので、婚活を頑張らなくても釣り書きは届くし、えり好みをしなければこの年齢になれば普通は婚約までいく。
……そんな中、私には婚約者どころか恋人もいない。
婚約の打診も来たことがない。
親友には毎日のように届くらしい。
アデラインは女性では珍しいピアニストになりたいそうで、すでにあちこちで演奏会などを開いている。そのため結婚相手は彼女の後援者になってくれる家柄で、また外国でも活躍出来るよう外国のコネもある相手を、より取り見取りの選択肢から吟味して選んでいる、と母から聞いた。
……アデラインのより取り見取り状態を聞き、また他の夫人からも話も聞いたのだろう。
呑気に構えていた父も、釣り書きが一度もこない私の状態をようやく異常だと理解したようだった。
何しろ親も私も、私の何が悪いのかわからない。
私と同じレベルの男爵令嬢には釣り書きが届くというのに、なぜうちの娘は……と思っているだろうし、周りにもさりげなく紹介を促すそうだが……。
「えぇ!? あの才色兼備のアデライン嬢の友達なんですか!」
と、アデラインの話にすり替わってしまうそうだ。
そして、私と会ってもいいけどアデラインも紹介してほしい……という話で終わるのだという。
父は、弟と何某か相談している。
結婚出来ない姉が実家に居座り続けるわけにはいかないから、私の処遇を考えているのだろう。
私の場合、後妻の話すらない。とにかく、貴族関係はどこまでいっても私の話を出せばアデラインの話にすり替わるのだ。
なぜそんなに有名なのか……と思ったら、彼女はすでにピアニストとしてあちこち演奏会をしているため、かなり顔を知られているらしい。
彼女が演奏するさまは薔薇の花弁が飛び散るようだと誰もが言い、その話題でもちきりになり私の婚約の打診など頭の片隅にも置いてもらえない。
裕福な商家……平民にまで打診したらしいが、やはり私は選ばれず、貴族令嬢など恐れ多いので平民の女性と婚約したといって毎回断られた。
そんな私なので絶対に結婚できない。
学園卒業後は生前贈与でいくばくかの金を与えて放り出されるだろうが、それでもいいかなとも思い始めた。
誰も知らない……いやいっそ、誰もいない土地でやり直すのもアリかもしれない。
山奥の土地で自給自足でもしてみる?
そうとう大変だろうけど、それで失敗して死んでもいいや。
それこそ、自分のせい。
何もかも自分のせいだと思える。
……疲れてしまったのだ。
アデラインが現れるだけで儚く壊れる人間関係、それがなくても『普通』というだけで選ばれない人生に。
そんな諦めの日々を過ごしているある日、父から話があると呼び出された。
生前贈与の話かなと思ったらぜんぜん違った。
「ルシアンの剣術の先輩が、父さんの知人の息子さんだったんだよ。それで、今度食事会をすることになったんだ。お前も一緒に行かないか?」
……どうにか見合い相手を見つけたらしい。ご苦労様です。
でも、会う前に話が立ち消えになるのも、会ってから立ち消えになるのも、結果は一緒なんだけどね。
それでも苦労して見つけてきたのであろうから、私は二人に報いるためにうなずいた。
「承知しました。気分転換にもなるし、いいですね。……ただ、お願いがあるんです」
*
食事会、ということでレストランに向かい、自己紹介をした。
「こちらが姉です」
弟が紹介したので私は挨拶をする。
「はじめまして。ローズマリー・ボーモントでございます」
端的に挨拶をする。どうせ聞いちゃいないからね。
「はじめまして。ローズマリーの親友の、アデライン・ヴァレンチノです。ローズマリーが心細いというので付き添っています」
見合いの相手らしき男性は、最初からアデラインに釘付けだ。
一瞬たりとも……後輩である弟が紹介し挨拶しているときも、チラリとも私を見ようともしなかった。
――そう、私は父にお願いし、アデラインを連れて行ったのだ。
相手がどう出るかを見たかったからだ。
ここで、父と弟の顔を立てて私と話すか試したかったし、実際そうしてほしかった。
それが『顔を立てる』というためであっても、私を選んでほしかった。
孤独をこじらせた末の変わった息抜きだと思ってほしい。
ただ……半分以上の確率でそうはならないだろうとわかっていた。
普通なら父の顔を立てて見合い相手の私と話すだろう。
だけど、今までそんな"普通"は訪れたことがない。
だから……。
あぁ、まただ。
そう思って、ため息を呑み込んだ。
目の前では、親友に魅せられた男が、うれしそうに親友と会話している。
私のことは目に入らないようだ。
いなくなれとも思っているかもしれないな。
今まで何度となく思い知らされてきたけれど、久しぶりにまた思い知らされたよ。
かくして、見合いの場はぶっ壊れた。
ルシアンは私と先輩とやらをくっつけようと何度も話を振るが、先輩とやらは徹頭徹尾アデラインしか見ていない。
自己紹介もエスコートも、私にではなくアデラインにした。私のことは完全無視、というよりいることすら気付いていないかもしれない。
先輩の父もアデラインにばかり話を振るし、父は顔を引きつらせながらも知人とやらに合わせている。
私はほとんどしゃべらず黙々と出された料理を食べてワインを飲んだ。
アデラインは巧みに聞かれたことを答えつつ私の話をするが、先輩とやらは聞いてない。というか、アデラインの話ばかりしている。
食べ終わると席を立ち、化粧室に行って大きくため息をついた。
……これで父も懲りるだろう。ルシアンもね。
私が誰かとうまくいくことなんてない。
アデラインと会わせたら間違いなくアデラインを取る。
ましてやアデラインは新鋭のピアニスト。華やかな肩書きを持っていて、私は普通の女。
土台無理でしょ。勝負にならないわよ。
氷雨そら先生主催、『異世界恋愛作家部♡愛が重いヒーロー企画』用の作品です。
短編にするつもりでしたが思いのほか長くなりましたので、連載形式にします。
中編程度ですのでしばしお付き合いくださいませ!




