難儀なカノン
「しっかしよぉ、あの2人はなんだったんだろうな。」
「不思議…と言うか、強いお二方でしたね。」
「強いなんてものじゃないでしょ?あれ。A級…或いはそれを凌ぐS級クラスの実力者だな。」
男2人女1人のパーティ。タンク、アタッカー、ヒーラーの腐れ縁だ。
「まさか、ワイバーンを一捻りしちまうとはな…。」
「しかも空間転移みたいなのも使ってませんでした?」
「ああ、そこらの人間に出来た芸当じゃないことは確かだ。」
「しかし、あそこまで強いと名前や顔が知れててもいいと思うんだが………全く聞かん名前だったな。」
「イールさんとルージュさんでしたよね。」
「駆け出しとも言ってたし、実力を隠したいのか………。」
「また、会えますかね。」
「さぁな。転々としてなきゃ会えるだろうけどよ。」
そんな風に話していた。ギルドの酒場で今日あった出来事の再確認。あまりにも強すぎるあの2人。C級の俺達が呆然とするしかなかったあの2人。何者なのだろうか。
「すみません。少々お話よろしいでしょうか。」
と、そんなとき俺達に声をかけてきた存在が居た。
「ん?あんたは…?どこかであったか?」
「申し遅れました。私はカノンと申します。盗み聞きをしたわけではないのですが、先ほど『イール』と言う男のことについて話しているように聞こえたのでお聞かせ願えればと。」
「ああ、飛竜の森で出会った奴のことか?」
「飛竜の森で?」
「ああ、とんでもなく強ェ奴だったよ。何せワイバーンを倒しちまったんだからな。」
「ワイバーンをですか…!?」
「ああ。イールともう1人女の子。ルージュって奴がな。すごかったぜ?ルージュが竜の脳天をぶん殴ったかと思えばそのまま竜は地上に叩きつけられたんだ。それだけでもすげぇが、本題のイールは魔法で作った黒色の槍をそいつに投げつけたんだよ。まあ、逸れちまったんだけどな。だけどその気迫だけで竜は気絶しちまったって訳よ。」
「そ、そんな………。」
「それで、そいつがどうかしたのか?」
「い、いえ、単なる人探しですので。貴重なお時間、ありがとうございました。」
「いや、構わねぇよ。」
そう言って、そのカノンと言う女は去っていった。
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「…と、そう言うことがありました。」
「イール様…やはりお強い方でいらしたのですね…。」
嗚呼…この馬鹿姫またとんでもないことを言いそうだな。しかしイール………全く聞かない名前である。それにワイバーンを倒したその実力………ああ、ただでさえここ最近は不思議なことが起こってるんだ。急に町中に現れた人間………待て、検問の奴はなんと言った?確か………イールは転移してきたと言ったか?
「カノン?難しそうな顔をしてどうしたの?」
「メイ様………イールと言う男ですが、警戒をした方がよろしいかもしれません。」
「何故です?良い方ですのに。」
「それはその場面しか見ていないから言えるのです。少なくともイールと言う男は不法入国者であることには変わりない。それに一個人でワイバーンに勝てる相手も我が国には現在おりません。それが向こうには2人もいるんですよ?」
「それがなんだと言うのです?私が欲しいものは徹底的に欲しいのです。」
「馬鹿ですか?最悪この国が滅びかねんのですよ?」
「一個人で国に喧嘩を売って勝てる相手なんて現在に存在するとでも?」
「その可能性が最も高いのがイールとルージュです。」
「あなたも一度会ってみればいいのに。しかしルージュって女、誰なのかしら?」
呑気だ。恋を拗らせている場合ではない。本来ならば早急に対処せねばならない問題だ。この箱入り娘は知らないのだ。この世には時折、手のつけられない怪物が生まれてしまうことを。
夜。ようやく業務が終わる。
「ああ、馬鹿の相手も簡単じゃないな………。」
イールとルージュ。一目見てみないことには、なにも出来ない。しかし飛竜の森にいるとなると、やはりその近くに住み着いていると考えるのが妥当か?仮にそいつが魔王の手先だとしたら?先制攻撃と見てとることが出来るが…無駄な憶測で現在の膠着状態を崩したくない。イール、ルージュの調査を先決にしよう。ともすれば………。
「あの娘に頼もうかしら。」
そうして私は図書館の鍵を手に取るのだった。