竜と姫
ふわりふわりと空を飛ぶ。このまま城下に出るのもいいな。でも、やっぱりあの森のことが少し気になる。
「このまま飛んでいってもいいかしら。」
きっとカノンは怒るだろうな。いやいや、私のことを見てくれないカノンが悪いのです。今の私は悪い娘なのです。
ふわりふわりと城下を過ぎて、城壁を過ぎて、遠くに森を眺める。
「あそこにイール様が…。」
いけないことをしている自覚はある。少しの不安もある。だけど、私はこのまま飛んでいく決意をした。
1歩足を踏み出す。そうしてその森に向かい駆けていくのだった。
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緊張感の立ち込める森の入り口。恐怖が込み上げる。それでも私は私の欲しいもののためなら、危険も厭わない。意を決してその森に入った。
1度入ってしまえば、少し緊張も薄れた。回りを見ると樹木ばかり。気を抜くと、方向感覚を失いそうである。どれ程歩いても、この景色が続く。
「いったいどこにいるのかしら?」
イール様には恩返しをしなければいけない。そして、出きることならお城に来て欲しい。あの方の心は清らかで、そして強い。聞くところによるとワイバーンさえも倒してしまう程。で、あれば私の一番欲しいものも簡単に手いれてくれるはずだ。
ずっと、閉じ込められていた。私は王位争いにも参加できないような虚弱体質であり、それが原因で多くの使用人を困らせてきた。カノンもそのうちの一人だ。だと言うのに、カノンは私に付いてきてくれている。
悪いことをしているのは解っている。だけど、それでも私は自由になりたい。もっと遠くへ、羽ばたいてみたい。何もかも振り払って自由に生きてみたいのだ。イール様ならきっと、私に自由をくれるはずだ。私の心がそう言っている。
森の中を駆ける。息を切らしながらも、自由に向かい走ってみる。異様に呼吸が荒くなっているのはこの辺りの魔素濃度の影響だろうか?
だけど、関係ない。奥へ、奥へと進む。そこに、私の望むものがある気がしたから。
『人間よ、貴様は何を思ってここにいる?』
その声で、足が止まる。声がしたのは上空であった。
「誰?」
そう言って見上げる。するとその影は急降下し、木々を薙払い私の前に姿を表した。
それは黒い飛竜であった。恐ろしく、大きく、邪悪。
『この飛竜の森で何をしている?』
その声に気圧される。だけど、ここで負けるわけには行かない。私は、手に入れると決めたのだから。
「イールと言う人間を探しています!」
『なっ…イールだと!?』
「知っているのですか?」
『知ってはいるが…奴には会わないことを勧める。』
「なぜです?」
『奴は貴様のような人の枠組みからは外れた存在だ。貴様のような野心家が奴に寄って行ったところで門前払いを食らうだけだぞ?』
「ですが…。」
『それに、奴が住んでいるのはこの森の最深部。人間など5分と持たずに息絶えるような場所だ。我々ですら限られたものしかあそこには入ってはならん。』
「そう…なのですね…。」
『解ったのであればさっさと去れ。さもなくば…この我が手を下す事となる。』
脅しなのだろう。だけど…私には私なりの信念がある。それだけを信じてここまで来たのだ。
「そうですか…ならばここで死ぬだけですね。」
『は…?』
「私は信念に生きてきました。それが達成できないのであれば私は死ぬだけです。今後それほど長いとも言えない時間をぐだぐだ過ごしても無駄でしょう?ならば潔く、ここで死ぬだけです。」
『………いや、殺すと脅したのは我だが、そんなに簡単に手放してよいものなのか?』
「構いません。無理と解ったのであれば。」
『そこまでして…貴様は何を望んでいるのだ?』
「私は自由になりたい。自由な王に成りたい。」
『王とはまた…大層なことだ。だが、それならば達成できんこともないだろう?』
「そんな簡単な話ではないのです。私には付いてきてくれるものが1人しかおりません。」
『その者の可能性を信じてはどうなのだ?』
「無理ですよ。『またメイ様は…』と悪態を吐かれるだけです。」
『そうか…だからと言って死ぬと言うのは愚策だろう。これから先の可能性も捨てると言うのか?』
「ほかに…どんな可能性があるんですか?」
『そうだな………我を仲間にしてみるとか…?』
「貴方を…へ!?」
と、その竜は突拍子もない提案をするのだった。