難儀なカノン-3
最初に動いたのはルージュだった。速い。が、目で追えないほどでもない。
【束縛】
鎖がルージュを捕らえる。
「なるほど…。」
「教えてもらおう…あんた達は何者だ?」
「さて、なんだと思う?」
その台詞を吐き捨て、まるで闇に飲まれたようにルージュは姿を消す。
「なっ!?」
空間転移?
思考もわずか、ノーガードの後頭部に蹴りが入る。両手がふさがって本気が出せないのもあるが、それを抜きにしてもこいつは強い。だが、あの女ほど厄介ではない。
体は大きく吹き飛ばされ、大木に叩きつけられる。
「あらあら、魔族ってこんなに弱かったっけ?」
余裕そうに笑ってやがる。だが、こちらにもまだまだ余裕がある。
「っ…。」
「人族のほうがまだ強かったわよ?」
「……舐めるな…。」
魔族の意地がある。これでも私は幹部なんだ。魔王様に支える上級の魔族なんだ。
魔力を練り、奴に集中する。
【鎖刃屠】
四方八方からの鎖による刺突攻撃。逃げようとも、何度でも屠るまで続く猛攻である。だと言うのに、そいつは軽々しくそれらを躱しこちらに近づいてくる。
だが、それでいい。
眼前に奴の拳を捕らえた。真正面、この距離。逃げることなど出来まい。奴の脳天に鎖が撃ち込まれ―――――。
「ふーん、なかなかやるね。」
その攻撃は届くことがなかった。奴は、鎖の切っ先を転移させた。ちょうど自分に当たらないように。
私はその拳を受けた。死ぬかと思った。なんとか、四肢はついている。巨木ごと薙ぎ払われ、また身体が吹き飛ぶ。正直、意識を保てているのが不思議なくらいである。
あれを直に食らってしまっては、流石に視界が眩む。立ち上がることも儘ならない。
「あ、あんた…本当に人間かよ。」
「うーん、その問に答えるならノーだ。」
こちらも本気が出せない。奴は、恐らくこちらを殺そうと思えばいつでも殺せる。何故それをしないのだろうか?
「さて、今度はこちらの番かな。貴様らはなぜ私とイールについて嗅ぎ回っている?」
なぜその事がばれている?こいつは未来でも見えるのか?
「さて、なんのことだか?」
「しらばっくれるなよ。私は自身に向けられた感情を読み取ることが出来る。だから貴様らがどこに居て、何を企んでいるのかが解った。さあ、答えろ。」
反則だろ?そんなの………だからあのときの攻撃も回避できたってことなのか?勝てるわけがない………。
「さあ、探れとしか言われていない………それ以上は私も知らない。」
「ほう…私達は静かに暮らしたいだけだ。」
「静かに暮らしたいだけ………?」
「ああ、だから邪魔するのであれば徹底的に―――――。」
その瞬間であった。とてつもない魔力の波動を感じた。魔王様に匹敵するほど…恐ろしく強大なものだ。
「………帰る。」
「は?」
「怒られた………。」
いまいちよく解らない。なんだ?今のは一体………そんなまさかだとは思うが、あれがイールと言う男の魔力だとでも言うのか?
ルージュは闇に身を隠した。私は1人、その場で何も出来ずにいたのだった。
「報告って言ったって………どうすりゃいいんだよ………。」
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あの娘、仕事が速いのよね。もう終わったみたい。まだお昼を過ぎた当たりだと言うのに、私の手元にその本は帰ってきていた。流石は魔道師団長に折り入って作ってもらった代物だ。
「さて、業務に戻りましょうか。」
そう呟いて件のページを開き、心理世界を顕現させる。
「それで………あの2人とは出会えたの?」
「ルージュのほうだけだ。」
「あら、イールのほうの調査もお願いしたのだけれど?」
「馬鹿を言え!ルージュはこちらの動きをある程度把握していた!!」
こちらの動きをある程度把握?まさか、見られているとでも?この心理世界を?いやいや、そんなわけはない。
「ルージュに向けられた感情と言うのはすぐに読まれる………奴はそう言う能力を持っていた。」
不味いわね。敵に回したら厄介すぎる。
「ただ、こうとも言っていた。私は静かに暮らしたいだけだ、と。」
「静かに暮らしたいだけ………決して手は出すなってことかしら?」
「恐らくな。最もあんな奴人間がいくら束になろうと勝てる気はしないがな。そもそも、奴は人間じゃない。空間転移を使い、並外れた身体能力を持っていた。」
「バケモノね………イールについては本当に何も解らなかったの?」
「そ、それが………信じられないかもしれないが、もしかしたらイールは魔王クラスの力を持っているかもしれない。」
その言葉に、私は唖然とする他なかった。国の存続を脅かすどころの話ではない。世界の命運そのものがかかっているのだと、そう直感した。
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「さて、ルージュ。血の気がありすぎだ。」
「は、はい………。」
「穏便に帰すだけって言ったよな?どうして戦闘なんかしちまったんだよ?」
「つい、久しぶりで………。」
「昂っちゃったか…。」
さてと、少々厄介なことになりそうだなんて、そんなことを思うのだった。