表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/44

夢見る少女と王子様の欠片5

 店内のアクセサリーを眺める間、リュカ様はリュートを引き連れて食べ歩きに出かけてしまった。僕は暇を持て余すかと思った。女の子とふたりきりなんてどうしていいかわからなくて、指をつついて相手の出方をうかがう。

 すると、押し黙っていたカレンが僕のそでを引いて口にした。それはずっと胸に抱えていた秘密を吐露するように、慎重に、だった。


「じつは私、……――ルナのことが気になっているの」





 ――ドドド! 脈が遅れて高鳴る。手汗をびっしりかくとうなじにまで冷や汗をかいた。まさかこれ、告白か。噂には聞いていたがこんなにも緊張するものだったなんて!? どうしよう、僕には、だって好きな人が……。


「ねぇ、あなた……どうしてリュカ様にほんとうのこと言わないの?」

「へ?」


 だが人生で初めて受ける告白は予想外なものだった。


「好きなんでしょう? リュカ様のこと」

(バレて、りゅ!?)

「な、なな、なんのことかなあー」


 小首をかしげてしらを切るも、カレンの目元は二重を三重にするほど、鋭いものだった。心なし態度にも圧迫感がある。僕は鯉のように口を開閉して、でも二の句を継げず、間抜けな顔を晒していたと思う。


 向かい合わせになって、カレンは僕に突きつけるように話す。


「とぼけなくたっていいわ。だってあなた達、やけに馴れ馴れしいし。それにルナがリュカ様を見る目つきって普通じゃないもの」

(ガーン! そんなにすきって気持ちが溢れちゃってるの、僕!?)


 すでに隠しようがない本音。しかしこれ以上の失態を避けたくて、僕は全力で道化を演じた。


「は、ははは。そんなことナイさ。フ、僕がリュカ様をす、すす、すっ! ……なんてことなくもないけど……ないから! それだけはない! うっ」

「否定している本人が悲しくなってどーすんのよ!? それに私が彼の世話を焼くと面白くなさそうじゃない! 他にも証拠はごまんとあるけど……そんなことはどうでもいいのよ!!」


 カレンは腕をおおげさに振り払って、他の些事がどうでもいいと、なお言外にアピールする。

 その直後、手を祈るように組んで、僕に迫った。

 その瞳はこどもが空の青さを大人に尋ねるように、純粋な輝きで満ちていた。


「教えてほしいのは、どうして好きって自覚があるのにそれを相手に告げないか、よ」





「つげ……られないよ。そんなの、無理だ」と乾いた声が僕の声帯から飛び出す。


 視線は床のカーペットに固定されたまま、僕は苦笑いで言葉を無理だ、と続けた。


「そうかしら? だって物語の中では片思いの子はいつだって好きって告白するじゃない」


 なおも疑問に固執するカレン。彼女にとってはさっきのは回答に値する答えではなかったらしい。


「仮に失恋するにしても、物語の主人公はみーんな自覚してからちゃんと気持ちを伝えているわ。なのにルナの場合は臆病に引っ込めたまま。……悩んでいるようには見えない。けど、けしてリュカ様の本心を明らかにしようとは思っていない様子で。ねぇ、どうして? 私、不思議でたまらないの。どうしてすぐそばに手に入るかもしれない赤い果実があるのに手を伸ばさないでいられるのかしら」

「そりゃ両思いだったら、の話でしょ? 僕のはきっと……違うから」


 思わず自分の本音に苦笑してしまった。そうだ、僕が違うのは自分の予測に裏付けがあるからにほかならない。

 僕だって目の前にリュカ様の赤い果実が転がっているとしたら迷いなく拾う。いや、誰かの手にたとえそれがあったって迷わず掴んで離さないかもしれない。

 けれど現実は違う。ちがうのだ。


 ときに甘い香りで僕を魅了することがあっても彼の果実がこの手に転がることはありえない。

 それは僕がどんなに親しく、――いや近しい関係性だからこそ、なのかもしれない。

 僕らの前には疑似家族であったこと、それから乗り越えられない身分の差が横たわる。


 この障害を超えるすべを、僕は知らなかった。


 彼の心根がどんなに綺麗でも、その本心ににごりがないわけがない。

 たとえるなら、くもりガラスのよう。

 幾重にも加工が施され、素の表情が万が一にも晒されることなきよう、完全に覆われている。

 その厚い氷の城を溶かすのは僕じゃない。

 だって見事な装いで飾られた彼の内側は、けっして暴かれぬよう、彼自身を守る鋼鉄の鎧だ。一度外せば、二度とは戻らないかもしれない。人の本心とはそうたやすく着脱できるものではない。僕にはそれがわかっていた。


 僕ごときでは、真実、彼の痛みにより添えないことぐらい、理解しているつもりだ。

 彼の(トラウマ)は当人のように繊細で、僕が間に入れそうな隙間(スキ)があっても、けっして踏み入ってはならない茨の囲い。触れて痛むのは摘んだ花泥棒だけじゃない、花自身だってその棘に感じた痛みがあるかもしれないから。


 そう、だから……。


 透けぬことなどないガラスのような屈折率なら自信を持って伝えられた。けれど現実には、敵いっこない障壁があるから、僕はおとなしく沈黙を貫いてきた。


 辛くとも、この恋と彼への思いだけは大事にしたくて。





「カレンにもきっと、わかるよ。相手に伝える怖さも含めて、あけすけにできないほどの大切な思いが」

「ッ!?」


 カレンは僕の返答を聞いて目を見開いた。

 数瞬、だったろうか。

 考えを巡らせた様子のカレンが僕に向かってそのツインテールの頭を丁寧に下げた。


「ごめんなさい!! 人の恋路に無断で踏み入ったのもそうだけど、『失恋するにしても』、だなんてあまりに無神経だったわ! 本気で相手のことを思っている人にいう台詞じゃなかった……ごめん、反省してる」


 カレンは謝罪した。彼女のきもちのよい性格を表しているかのような本気の向き合い方に、僕も不快感などなかった。


「カレンも恋の話? がすきだなんて、女の子だね」

「あっあーっっっ! なーんかルナが年上ぶってる! おこちゃまのくせに生意気ね! でも、そう……」


 ふと口元を緩めるカレン。彼女は柔らかく吐息を漏らした。


「やっぱり恋っていいものなのね」


 ほうとため息をつくカレンの表情は夢見心地にうっとりとしていて、ジュエリーショップの店員さんとはまた違った色気があった。

 動揺する僕相手にも気づかず、カレンはしばし酩酊している様子で、まるで恋に恋する乙女のように浸っているのだった。




 ところでなぜこんなあけすけな話を持ち出したのかとカレンに、僕は尋ねてみた。

 ふたりがけの長椅子に隣り合って座ると、大げさにカレンがもじもじと指を絡めて言い出したいような言いにくいような様子で口にした。


「私、いつか王子様と結婚するの!」

「は……? ええー、王子!? カレンってばそんな事言っていいの!?」

「だいそれた夢だって思ったでしょ、今」とカレンは眉間を三角にして不満を露わにする。

「ふぇ?」、僕は思わず困惑した。

「あら違うの? ごめんなさい、みんな私の恋愛観を小馬鹿にするからついつい……」


 だめね、とカレンは自分を軽く小突く。

 それから説明に移るように、わかりやすいウィンクをした。


「まず、覚えておくといいわ。女の子ってね、自分の恋愛はもちろん大事だけれど恋バナもとっておきなのよ」

「ふ、ふーん……」

「納得してない顔!! まあいいわ。あなたには本当のこと話す。事情を自分だけが聞き入るのも気まずいし」


 ジュエリーショップの待合室、カレンがポケットにしのばせていたお菓子を並べて僕らは肩を寄せ合った。別室で液体の水音がする。おねえさんの丁寧な作業を聴きながら、僕はカレンの話を待った。


「リュカ様っていいわよね。ルナが夢中になるのもわかるわ。私だって、本気じゃなかったけど憧れみたいな気持ちはあったもの。そのせいで初対面のときは、平々凡々な私たちみたいな子が御曹司様と対等に向き合っているのをみて妬いてたの、笑っちゃうでしょ?」

「笑わないよ。ただちょっと怖かったけどね」

「そういうところよ、ルナ! まったく、これだからおこさまはー」


 カレンの()がただのヤキモチだったと知り、僕は納得した。おせんべいとかいう固くてしょっぱい菓子を頑丈そうな破砕音で豪快に食べ進めるカレンを見ながら、僕は同じように食べようとして失敗し、あまりの硬度に目を瞬かせる。

 けらけらと笑うカレンがおせんべいを手で割って僕に渡す。「湿らせるようにして食べればいいわ」と口の中でもごもごするうちにソースとは違った調味料の味わいがくちいっぱいに広がった。


「ね、おいしいでしょ? この島、なーんにもないと思ってたけど、ただ退屈なだけではなかったのね。あなた達といるとそう実感するわ」


 カレンは一瞬、眉をしかめて、胸元を押さえた。


「私ね、同世代の子とうまくいかないの。リュートくらいよ、私の意見に賛同してくれるのは。あいつもこわごわって感じだけど」

「どうして?」

「あー……それ聞いちゃう? ルナならいっか」

(ん? なんだろ)

「私、ずっと夢見てるの。本気の夢だけど、同級生からは馬鹿にされるの。ありえない、って。意外にこどもっぽいんだねとも男の子からからかわれたこともあったっけ。それで親にもその夢がバレて、まだまだかわいいところがあるなって甘やかされて。でもその視線とか態度で、ああ、ほんとうに幼い子をみるような目だなって思ったの」


 カレンの話の先がみえなくて僕は困惑していた。

 もごもごしていたおせんべいの欠片を食べたっきり、話が気になって次のに手をだせない。

 じわじわと野外では温度が上がり、舗装された道で蜃気楼が上がっていた。

 室内は道具で涼しいが、僕は無性にあぶられているかのような錯覚を覚える。


 カレンが重たい口を開けた。


「いつか絶対、白馬の王子様が私を迎えに来てくれると思ってたのに……あんまりだわ」


 とうとうカレンは泣き出してしまった。

 それは夏の嵐のような猛威を振るい、せきを切ったように泣き出す始末。

 よほど彼女はこたえていたらしい。夢を笑われることが、だ。


「住む世界が違うなんてことも、そんな人が現実にいないかもってことも、ぜんぶっわかってた! でもでも、あたしやっぱり、…………ひっぐ」


 ――素敵な人との恋を、彼女は本気で夢見ていた。


 その渇望を、幼い勘違いだと割り切られて、とても悔しい思いをしたのだろう。

 カレンの痛いほどの痛烈さが伝わって、のどが詰まった。


 きっとカレンのいった憧れとは目の保養だとかで女子が騒ぐ、ああいったたぐいの熱の入れ方だろう。だからこそ、世界が違うはずの僕がリュカ様といるのが許せなかったのかもしれない。自分は周囲に否定されているというのに……、と思って。


彼女(カレン)だって恋をしているじゃないか」、僕はとっさに言ってしまった。

「へ? そんなわけないじゃない。私のことは私が一番……」

「恋に本気だ、それを誰が笑えるっていうのさ。まだ相手がいない、ううん、相手がみえないだけ。カレンはいつか出会うその人と巡り合うための準備をしているんだよ」と、頭に浮かんだ考えを精一杯形にしていく。

「恋の予行練習ってこと?」、疑心暗鬼なカレン。

「……たぶん。って、こんな慰めじゃ満足に慰められないだろうけど」

「そんなことないわ」


 さっきまで大げさに落涙していたカレンだったが、力強く否定した。


「私、嬉しかった、ほんとよ!? 初めて寄り添ってくれるともだ……ごほん、人がいてくれて。そんなに優しい言葉、掛けてもらったことがないから、どう返せばいいのかわからないけれど」


 とっさに両サイドの毛で顔が見えなくなるも、『ありがとう』と、不器用にカレンは微笑んでいた気がする。





「本心バレバレってやつう? もう、こっちから見てて危なっかしいんだからね!!」

「そんなに!?」

 

 僕はカレンのポケットから次々に出てくる菓子類に目を丸くしながら話に付き合っていた。

 意外とくいしんぼうなのかな、ってありのまま告げたらカレンはブチ切れて僕の手のお菓子を二、三個拝借していった。むしろ奪還、か?

 バリバリと派手な音を立てておせんべいを放り込むカレン。彼女はこのお菓子がスキなのかもしれない、と僕は脳に刻み込んだ。あとでリュートにも教えてあげよう。それで彼女とうまくいくかもしれない。よかったねリュート、少しは君の心労が減るかも。


 僕はそんな友人への手助けをしつつ、気を遣って会話を続けるカレンに素敵な人と恋愛してほしいと思ったりした。





 形容詞しがたい疲労感。だが心地いい。これが恋バナの効果ってやつだろうか。

 だがこうして遊んでいるうちに打ち解けられた気がする。すごいな、恋バナ。


「ふたりともとっても素敵な初恋をしているのね」

「へあ!?」

「な、なんで!?」


 最初のがカレン、遅れてのが僕。揃って動揺する僕らに隣の壁を指差すおねえさん。

 彼女はいつの間にか作業を終えていたようで、僕らの話の雰囲気が落ち着くのを待ってからこちらに出てきた様子。ってことは全部聞かれて――!?!?


「ふふ、ここ防音じゃないもの。気づいていたでしょう?」


 ――――ぷしゅううう。

 蒸気のように赤面する僕とカレン。狭い長椅子に形見を寄せ合って僕らは顔を隠した。

 おねえさんのことがまともに見られません!!

 年上のおんなのこは侮りがたし、僕は女性サーチを再定義したのだった。





「なにやってんだ?」という感じの第三者二人組が登場する。リュートとリュカ様だ。被害者二名はおねえさんが唐突に放った銃撃から回復するすべをもっていない! ピンチだった!


「ルナ、あんたが説明しなさい!」

「ちょっとカレンってばずるい! じゃあ全部話しちゃうから」

「はあ!? 待ちなさいよ、あんたの方が卑怯じゃない!」


 そこからは私が僕がと番を譲らず呆れたリュカ様によって手打ちとなった。それでも、こっ恥ずかしい僕らは互いの背中に隠れようと、お互いを隠れ蓑に背後を争うように回っていたのだが。


「すっかり打ち解けてるだあ」

「そうだな? なにかあったのか?」

(それだけは聞かないでください!!)


 だがここで一番ドキドキしてるのはリュート少年だった、なぜなら。


「あ、おらのアイス……」

「ごちそーさま」

「お、お貴族様ってあなどれないべ……」


 自分のアイスクリームを取られたというのに、まの抜けた発言をかますリュートのせいで、僕らは大爆笑してしまった。笑われていることに場違いに照れるリュート、そのせいでしばらく笑いの虫が収集つかなくて、大変になってしまったのだ。 


「あなた達こそ何やってるのよ」


 目尻の涙を拭うとカレンがそう言った。


「もー、男の子ってほんとわからない!」と爆笑したカレンにはさっきまでの憂いの表情はなかった。





 時刻はすっかり夕暮れだ。ジュエリーショップで包装されたアクセサリーを渡された僕。おねえさんには帰ってからのお楽しみ、とお預けを食らってしまった。そこからサントゥール堂に戻り、焼き上がった品を受け取った。親父さんはハイテンションで僕らを出迎え、とくにリュカ様にへりくだらん勢いで媚びに媚びていたのでカレンがドン引きしていた。そんな応対を受けつつ、できあがったものを渡され、喜びが急上昇! 普段からあまり愛想のないリュカ様が、顔をそむけて「やる」と強引に渡してくださったのは、彼が端正込めて作っていた食器だった。しかも。


「昨夜の景色は無理でもこれなら持ち帰れるだろ」とリュカ様のコップには湖でみせた不知火の光景が描かれていた。印象的な景色を思い出すような発色に、僕はうるっと来てしまった。おそろいのマグカップは片方はくちゃっとしているがこれはこれで味があるだろと、へたな方を自分専用にし、うまい方を僕にくれた。


 涙腺が潤んで引っ込みがつかなくなった僕を見て、リュカ様は呆れたように笑った。でもそのへの字にした口元にも僕への、存在しないはずの赤い果実が思い浮かんで、ひときわ胸がじーんとした。こういうのがしみるっていうのかな。


 たとえ親愛でも、僕はうれしいです、リュカ様。

 話せなくともこの愛とも恋ともつかない思い、その感謝が伝わることを祈って、僕は言った。


「一生大事にします!!」

「おいおい、おおげさだな。ま、お前らしいが」


 こうして不知火の残り火は手元に、その景色も得た僕は大満足で帰宅した。帰り際カレンに耳打ちで「やったわね」と背中をこづかれて小躍りしたいほどこそばゆかった。


 ここからは、おまけのおまけ話。その後、カレンだけ仕事中に報告もなしに遊びに行ったことを心配した罰、ということで涙目になる羽目に。『なんで私だけぇ!? ずるいわよ、ルナ!!』と再び、本気モードで憤慨する彼女であった。やはり僕へのアタリだけがつよい……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ