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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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ささやかなおねだり2

 前回までのおさらい

 ・なぞの音が気になって起きてしまい、それっきり眠れないルナであった。

 ・ルナは星月夜をリュカとともに過ごした。自分の生い立ちを振り返った。リュカの嘘にあと一歩踏み込めなかった。

 ・ルナは朝食の準備を得意げにした。リュカにこってり叱られてしまった。まだなにかありそうな予感?


(へ?)


 期待通りの反応がなかったことにいじけていると、リュカ様は机の上を指でトントンと叩く(たたく)


「まずは減点だ。どんな仕事でも責任が付きまとうが誇り(ほこり)を持って挑む(いどむ)なら尊敬や信頼(しんらい)が得られる。逆に失態は致命的(ちめいてき)な損失につながりかねない」

「はあ」

「……テーブルに汚れ(よごれ)はない、ないが花瓶(かびん)の下、見ろよ。けっこうなしわが寄ってんじゃねえか」

「あっ」


 ついでに天然だなんだと指摘(してき)されてしまう。


 むきになって(ほお)膨らま(ふくらま)せるとさらに減点するぞーと油断も(すき)もない奥の手(おくのて)を出してくる。ずるいと思う。けれど、(かれ)の言っていることは正しいから非難もできない。


「だから言っただろ。おまえは抜け(ぬけ)てるんだと、再三な? 大方花瓶に花を挿す(さす)時にやらかしたんだろ」

「でもぉ……。だってぇ……」


 わが主人は手厳しい。少しの手加減もなく言い切るのだから。


 しどろもどろに弁解を図ろ(はかろ)うとするもうまい言い訳すらでてこない。めちゃくちゃ得意げなドヤ顔(・・・)』を披露(ひろう)していただけに、その羞恥が返ってくる。


(でも「ドヤ顔」なんて。幻覚(げんかく)が強すぎませんか? (ぼく)そこまで自信満々でしたかあ?)


 呆れた(あきれた)様子のため息が目の前の相手から漏れる。ついでに、甘ったれ(あまつたれ)な僕は小突か(こづか)れた。

(地味に痛い……)


「さっきまでお行儀(ぎようぎ)悪くしていたあなたがいえることなの、それ?」

(おれ)はいいんです、母様。わざとですから」

「余計にタチが悪いじゃないのッ!!」

(ですよね~)


 はははと乾い(かわい)た笑いでつられる僕だが、手痛い指摘のオンパレードにぐうの音も出ずにいた。視線をさまよわせているだけに、虚しい(むなしい)


 リュカ様は僕とほんの二つしか違わ(ちがわ)ないのに、血統のなせる(わざ)か、あるいは本人の努力の(たまもの)か、すでに人を惹きつけ(ひきつけ)突き動かす(つきうごかす)だけのカリスマ性を身につけているのだ。

 そこらの十六あたりの青少年とは違っ(ちがつ)貫禄(かんろく)風体(ふうてい)もあるリュカ様はめちゃめちゃかっこよく映るわけである。

 ちなみに女の子にだってそれはそれはモテているに違いない(ちがいない)と僕は邪推する。そんな場面をこの目で見たことはないのだが。


「隙あり!!」

「あ痛っ!?」


 額を指で弾かれた。突然(とつぜん)の不意打ち、主人に文句をつける。


「飼い犬よろしく毎度毎度尻尾(しつぽ)振っ(ふつ)てちゃ面子が保てないだろうが。執事(しつじ)ごときを甘やかし(あまやかし)てる主人なんて舐められる(なめられる)に決まってる。だからこれは当然の指摘(・・・・・)。分かるな?」


 執事ごとき(・・・・・)という単語にショックを受けている自分の心には(ふた)をして、あえて気づかないふりを押し通す(おしとおす)。ぐっと(こぶし)握り(にぎり)込ん(こん)でしまったが、これも無視する。


「たしかにこれは俺の(ため)だ。けどな、主人らしく振る舞う(ふるまう)のは「尽くし(つくし)ている(みな)を守る為、ですよね? ちゃんと分かってます」……そうか」


 泣きだしたい気持ちを抑えて(おさえて)言い切った。


「追加のお仕置き!」

「くぅ、またっ!! 卑怯(ひきよう)じゃないですか!?」


 再度額をデコピンで撃ち抜か(うちぬか)れた。ジンジンするおでこを庇い(かばい)ながら後退するとリュカ様は笑いながら告げる。


「よそ見したのと合算しただけだ」

「あううぅぅぅ、しょんなああ……」


 なおも両手の人差し指同士をつついて残念がっていると、いじいじすんなと追加でたしなめられた。こんな時ばかりは恨めしく(うらめしく)主人を見上げてしまう。

(人前でやるつもりはないんだからちょっとぐらい褒めて(ほめて)くれてもいいのに)



「そのニ「まだあるんですかああ!?」もちろん」

「うぇ? ど、どこですか!? 今朝はちゃんと確認(かくにん)しましたよ!」

「ほら、そこ」


 指が向いているのは僕――、の方?

 執事服を確認しながら手ではたき落とすがなんの変化もみられなかった。



「ついて来い」


 リュカ様に手首を掴ん(つかん)で連行された先はエントランスの鏡の前だった。


「ほら」


 執事服は折り目正しく着込ん(きこん)でいる。アイロンがけされたシャツの(えり)だってピンと立ち上がっている。パンツのベルトだってきちんと支給されたもののはず。革靴(かわぐつ)はピッカピカに磨か(みがか)れて目立った汚れはない。靴下(くつした)も、問題ないな。


違う(ちがう)違う。上だ」

(上? 頭か?)


 自分の顔を凝視(ぎようし)する。外にハネがちな地味な茶髪(ちやぱつ)だが、今日は軽くヘアクリームでまとめている。中に金の輪が浮かぶ(うかぶ)特徴的(とくちようてき)な僕の橙色(だいだいいろ)の目も、おかしな兆候はない。クマはさきほどエマ様に指摘されたから違うと判断する。ではどこに問題が、と眉間(みけん)にしわをよせて考える。


「はい時間切れ」


普段(ふだん)使わない(かん)にほこりでも乗ってたか? なまじ固めたせいで取れなかったんだろ」

「なんでしっ、……あ。あああああー、みんなが挨拶(あいさつ)するたび笑ってたのってこれのせい!?」

「だろうな。誇り(・・)を持つのはいいが頭にほこり(・・・)なんかくっつけてちゃまだまだだな。まるで孵化(ふか)したてのひな鳥じゃないか」


 がっくりと(かた)を落とした。気合いを入れてがんばっていた様子をからから笑っている彼がいっそう憎たらしい(にくたらしい)

 にししと面白がる(おもしろがる)その様子に赤面しながらほこりを回収する。ごみはゴミ箱へと投げやりに捨てた。



 余裕(よゆう)そうな笑み(えみ)なんて向けないでよ。噛みつい(かみつい)てもきっとなんてことない風にあなたは笑うのだ。僕ばっかり意識させられて――ほんと理不尽(りふじん)だなあ。



褒美(ほうび)をねだる従者なんざ聞いたこともないが……ま、たまにはいいか」


 目の前に下りてくるのは自分より大きな手のひら。うりゃうりゃと撫で回す手に、思いがけず僕はパニックだ。


「っ、あがああ! スタイリングがぐしゃぐしゃになっちゃうぇ、あああもう、なにしてくれてんですか!!」

「はは、せっかく格好良くキマってたのにな」


 怒っ(おこつ)ていたはずなのに、なにげない褒め言葉(ほめことば)に思わずはにかんでしまう。


(えへ。そのじつ嬉しい(うれしい)んだけれども)


 照れ隠し(てれかくし)がヘタクソとか言わないで。自分でも単純だってわかっている。



 恋心(こいごころ)秘めて(ひめて)ても、これでももう、精一杯(せいいつぱい)馴染も(なじも)うと努力しているのだから。

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