魅惑のサマーバケーション7
季節の飾りや若木で組まれたカゴから降りる。足を下ろした後もまだ揺れているような余韻があった。
そんなふらふらとおぼつかない僕を片腕で支えたのはリュカ様だ。ありがたい、彼はいつだってスマートで、僕はそこを見習いたいとも思った。
「どうぞ、これを」
「へ?」
降りたそばから人づてに紙切れを渡される。
僕が困惑していると村人が補足した。
「あの短冊にこの松明をかざしてください」、と。
「ふむふむ――、えっええええ!?」
驚いて悲鳴をあげてしまった。
慌てて相手に確認をとる。
だってそんなことをすれば短冊はすべて……。
「燃えちゃいますよ!?」
「はい、そうですね」
なぜだ、島の人は平然としている。あんなに丁寧に書かれた札が灰になってしまうというのに、だ。
「って……!? あ、リュカ様!?」
僕がたたらを踏む間に彼はさっさと社の前に向かってしまう。僕も後を追って走り出す。
「ほら、言われた通りやるぞ」
「ほんとにいいんですかね……?」
「いいって言ってただろ。ん」
篝火を差し出すリュカ様にあわせて、、社を守るように建つ柱から垂れ下がる短冊、その真下へと火を差し向けた。
「さあ、待ち人たちの逢瀬です、いよーっ」
トン、トン。
独特なリズムで楽器を演奏し、足を踏み鳴らす人々。
頭を下げて一心不乱に何事か口ずさんでいるようだ。
――ああ、これは、きっと祈りの言葉だ。
「「「
なみうつしぶき みずごころがせい
うみのもの やまのもの よもやまのよろこび
めぐみ おおく ねがいたもう
われらこのちに ねざすたみ
われらこのちと いきづくものなり
」」」
疲れを癒やすように憩いの場にいた若者――ここまで僕らを担いでくれた集団だ――が僕らに耳うつ。
彼らによるとこれは舞だそうで、祝詞を唱えながら精霊にささげているそうな。
「さあ、次はおふたりの番です。あの輪のなかで手をつないでください」
「へ?」
「ほら、いくぞ」
みんなのまえで手をつなぎ、手を叩いて祝われる。
こうして島の始まりの夫婦の伝説を再現しているのだとか。
「ここからがお祭りの本番なのよ」
「エマ様! ついてきたんですか!?」
「当然」
どこか鼻が高い奥様に見入っているとお顔を輝かせる灯りの正体に気づいた。
本来の火の色ではない。エマ様のもつ数々のドレスのように色づくその明り。
短冊が、色を放って燃えているのだ。
「もしかしてあの模様のせい?」
「半分正解。実際は塗料が原因だろう」
「あ、あー! なるほど」
山を登った先、夜の湖には無数の紙切れが端と端に吊られている。もしかしてこれも?
「圧巻でしょう。ここにあるものは一年を通して編んでいくのよ」
エマ様につられて目線をあげた。たなびく短冊の多さにうなる。
社のそばで燃え上がった短冊は塵ひとつ残さずきれいに燃え尽きたが、そこから伸びる糸に引火していく。次々に爆ぜ、次々に発光する短冊のおかげで、夜の湖はひときわ幻想的な光景に包まれたのだった。
「模様にも意味があってね、ここの札すべてに願いが書かれているの。呼応した記号を描くことで願いを精霊様に伝えているんですって、ほんとうにロマンチックよね〜〜」
「模様に合わせて色も決まっているようだから、今年紫が多いのは夢にまつわる願いが多いのだろう」
奥様に続けて旦那様が語った望みの内容に僕はしんみりとしてしまった。
「文字を書かないのはそういう風習だったのかー。でもあんなにきれいな短冊が燃えてしまうのももったいないです……」
「そこはしょうがないわ。人にいいふらさず精霊に直に伝えるためなんですもの。あああ、言い伝えまで素敵っ!」
僕はリュカ様の隣でそっと火花をみつめる。色とりどりの花が散っていくのを、欠片もこぼさぬように。
風上からなにかが降ってきた。僕はそれを拾い上げてつまむ。
「石ころ?」
「ラッキーね、ルナちゃん」
妙に黒光りする石をのぞきこんでいるとエマ様が声を張る。
「不知火の火だったものは加工して手元に残しておけるわ。だれかの願いが、まただれかのもとへ。そうやって運ばれる夢もまたいいわよね」
(そうか、残るのか……)
どうせならアクセサリーとかにできないかな? 帰ったら、島の子に相談してみよう。
空で弾けて落下したこのキラキラ。夢の持ち主の夢が叶いますようにと僕は願いをかけた。
「きれいだなあー!!」
「そうだな」
「ああ、この光景も持って帰れればいいのに」
「忘れなければいい」
「無理言わないでくださいよ! 僕はずうっとこれを残したいんですよ!?」
「たしかに、一度だけというのは惜しいよな」
写真や映像でもだめだ。僕はこの生の感動ごとひとまとめにして保存しておきたいのだ。
あいにくと、それは叶いっこない望みなのだけれど。
「はあ〜〜、もったいない……」
「はは、貧乏症だな」
「うるさいですね!」
「だがまあ――また思い出が増えたじゃないか。それに一度きり、というのも感慨深くないか?」
「う、たしかに」
「どっちだよ! ま、この光景にはそれだけの価値があるよな」
悩むほど素敵な絶景。眼下の薄紫が爆ぜる湖をまばたきも忘れるほど目に焼き付けた。
「はあ〜〜。ほんとに素敵だなぁ。この世にはまだまだ目移りしちゃうものがあるんですね! ね、リュカ様と、僕、もっといっぱい、いろいろなものがみたいです!!」
は、とリュカ様の口から吐息が漏れた。僕の頭を撫でる手の冷たさ、それすら心地良い。
「ああ、そうだな」
「はい!!」
目を伏せたリュカ様の横顔を、僕はいつまでも見ていたいと、本気でそう思うのだった。




