魅惑のサマーバケーション6
今は歩いて回っている、はずだ。そのわりに中は振動が少ない。これも担ぎ手のおかげだろう。
乗り物を担ぐ若衆はかたんことんと停止しては捧げものを受け取っていく。そのたびに音が漏れ聞こえる。
だが、それ以外の情報に乏しい。
なにせ密室なので。
(リュカ様と、ふたりっきり……)
時間の経過もわからない場所で、すぐ隣、彼の呼気すら聞こえるほどの距離にある。
馬車でだって隣同士に座ることなんてない。なにせ僕らは主人と使用人なので。
思わずこの好機に舞い上がって目を伏せた。
落ち着け落ち着け、そう唱えるけれど心臓にはたいした効果がない。
にぎやかな喧騒とは反対の、かごの中の静寂。
御簾ごしにうかがえる風景は非常にゆったりとしたものだ。時折、小川のせせらぎが聞こえ、鳥が飛び立つ場面が見えるばかり。
儀式用だというお面をお互いにつけ、借り物の羽織り姿。
ふと、横に座っているリュカ様と目と目が合った。
ちかい。思わず浮かんだ感想はそんなものだった。
こんな距離にいるのにリュカ様には動揺すらない。いや、動揺ってなんだ、誰が、誰を、意識するというんだ!?
僕の頭はもう散らばったパズルのピースのようだった。
そうこうしているとかごに傾斜がついた。すると中の人間のために作られた便利なグリップを発見し、僕はつかもうと手を伸ばす。
「あ、……っ」
支えを無事掴むも、汗でじっとりした手ではうまく握り続けられなかった。
そのせいか、前のめりに体がよろけてしまう。
それでも間一髪、リュカ様の手が僕の胴を掴んでいて、あわやカゴから飛び出すなんていう醜態は避けられた……よかった。
「手が滑るなんて、また緊張してんのか?」とリュカ様は意地の悪い笑みを浮かべている。
「う、うるさいですね!」と僕は頬を膨らませてそっぽを向いた。
こんな攻防には慣れっこというもので。わが主は清々しいほどマイペースである。
「はっ、なんだよ、その態度。お子様はいっそ俺にしがみついてろ」
「だだだだ。だれがお子様ですか、二歳しか違わないくせに!」
僕がムキになって否定しているとかごの外から声がかかった。
「おしゃべりは構いませんよ。ですがこの先すこし揺れますので、どうか口の中には気をつけてください」
「あ、……はい」
「やーい注意されてやんの」
「共犯って言ったばっかでしょうが!!」
一団は、どうやら山の方に向かっているらしい。
松明を抱えた先頭が案内する方へゆっくりと登っている。
後ろからもにぎやかな声や複数の足音がするから、たぶん、観光客以外の村人たちも一緒になって向かっているのだろう。幾重にも掛け声が聞こえる。
「そのまま動くなよ」
「え?」
やけに真摯な瞳でみつめてるなーと思えば、ふいに笑った彼と早まったまま収まらない鼓動がぴたりとはまった。
視線の先――、視界を占領するのはたいそう見目のいい顔。長いまつげの瞬き、それにかすかにかかる息遣い。
ちゅ。
(ん? 今のなんの音だ)
閉じられたままの窓、それが余計にふたりだけの世界みたいで、と思考がブレた瞬間、彼ははっきりとさきほどの行為について言及した。
「目、閉じないんだな」
「?」
一体彼は何が言いたいんだろう。僕にはさっぱりわからない。
「ほら、母上のときはいつも目を閉じてたろ?」
「え、は、え? エマ様がって……、さっきからなんの話を?」
「だから世にいう、口づけ?」
(はあ。いや、待てよ)
「く、くっ、くちづけ!? なんで僕に! っていうかまさかリュ……」
「おーっとストップ!? なんだよ急にっ、お前がおとなしくしてたからご褒美にって、こら暴れるな!」
(そういう意味なんですね!?)
危ないー、あと少しで全部ぶちまけるところだった!!!!
口づけ、でもそれは親が幼子を安心させるためにするような、それだ。
受けた場所だってリップではなく、額。
(あああああ、僕ってばほんとに恥ずかしいやつッ!!)
前髪をおろして顔を隠すも、隣の彼はくすくすと笑い声をたてる。
あーもう、びっくりしたなあ。ほんとにこっちの気持ちを慮ってほしいよ、もう!
「驚かして悪かったな。ほら、慰めてやるから」
「ん。そんなのいりませんー、べえーっだ!」
「ははは、これは不要か」
思わぬご褒美の続き。右耳をさすられて変な声がでた。『んっ』、ってなんだよ、僕! すりすりと指の腹でされる極上のマッサージは案外……、ふわあ。
と、僕が寝過ごしている間に、カゴは目的地に到着していたのだった。




