魅惑のサマーバケーション5
賑わっているあたりを見ていたおじいさんは「なんじゃ」とこちらを胡乱げに振り返る。隣りにいたおばあさんもつられてこちらを振り返った。
僕は木に吊るしている札を示して、そのおじいさんたちに尋ねた。
気になっていたお札の存在。
おじいさんたちは飾られている札に目を留めると途端に顔をほころばせた。
「おお! 短冊じゃよ。といってもこの島の短冊はちと特殊なものじゃがな」
「短冊……? それにしてはきれいな絵が描いてありましたよね」
「おおそれは、」
と、説明しかけたおじいさんは話の途中で僕らをじっくりみとめた。ふんふんと唸ると、隣のおばあさんとともにようこそと歓迎を受ける僕ら。
「島外のお客さんか、ちょうどいい時期にやってきたんだなあ」
「ほんとですねえ、ふふ」
「「んん?」」
僕とリュカ様は揃って顔を見合わせた。
そんな僕らの疑問に答えるように、おばあさんが模範解答を口にする。
「じつは、今日が歓波の日といって、島の外の海と島の中の湖での大漁祈願をする、いわばお祭りなんです。こういう小さな島だから自然の資源は貴重でね、昔から町中をあげて祝うんですよ。あの短冊の飾りもこのお祭りに関係するんですよ」
(なるほど~、おめでたい日だったのか!)
僕は手のひらに拳をぽんと載せてうなった。
「では住宅街を一軒一軒練り歩いて、あの方々は何を回収されているんですか」とリュカ様がさらなる質問をした。
た、たしかに気になる。
「あれは回収しているというより、むしろ捧げ物を集めているんです」
「捧げ?」
「ええ。この先の社でまとめて奉納し、精霊にお供えします。家主が捧げるのはこの島で採れた貝殻や海産物、それをアクセサリーなどに加工して奉納するのですよ」
「へぇ、おもしろい風習ですね」
「そうなのかしらね? 島外のことにはあんまり詳しくないから……」
「まあそうなんじゃろう。この祭り自体は古くから伝わっておる。今となっては精霊信仰も薄れつつあるからのう。都会などさもありなん」
(あはは……)
都会も田舎も精霊信仰が廃れつつある状況はおなじらしかった。
「そんな精霊様を喜びでもてなす。ゆえにわれわれも礼をつくし、そのうえで目一杯楽しむことが許されておるのがこの祭りじゃ。ほほほ」
「ほへー。なんかすごい」
「ずいぶんと気の抜けた感想だな、ルナ?」
(ギクギクッ)
僕の背筋は昼間のエビのように反った。
「ところであの箱の中って?」と苦笑いで話をそらす僕に、リュカ様がにじり寄ってきた。隣にイイ笑顔で陣取る主人が、こわいです……。リードを握られた犬ってこんな気分かなあ……ぐすん。
「おお、そうじゃ! ばあさんや、この子らにもどうかのう?」
「そうですねえ……、わたしらの番を譲ってあげれば、あるいは。」
「そりゃあいい!! わしらはもうたっぷり精霊様の恩恵を授かった! せっかく訪れたならおぬしらも受けてきなさい。島外の人にも味わってもらいたいんじゃ」
「んんん?」
話が見えず困惑していると、坊やたちちょっと、とおばあさんが耳打ちしてきた。
「あの箱の中、直接のぞいてみたくはなあい?」、と。
「「ええっ!?」」
練り歩く集団が抱える箱? を指さして笑う老夫婦に、僕らは瞠目した。リュカ様などめずらしく二度見していたのだから、その驚きはさもありなん。
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「本当に構いませんか? こいつがはしゃいだせいで」
「いえいえ、構いませんよ」
(なにげに僕のせいにされてる!?)
こそこそ、ひそひそ。
肩身を寄せ合って僕らはきゅうくつな箱の中にいた。
なぜって?
それはここが――。
「大丈夫ですよ。島の外の人にもぜひ、この機会に堪能していただければ。催しはみんなのためのものですからね」
しきたりとして箱を担ぐ人たち。仮面をかぶった彼らは穏やかな声で僕らの乗車を承諾してくれた。掛け合ってくれた老夫婦のおかげなのだが、ほんとうに、稀有な体験だと思う。
周囲の顔を覆った人々、仮面にはそれぞれの魚がほられており、近くでみると迫力があって、それはもうかっこよかった!
了解を得て、ならばとふんぞり返ってカゴとやらに乗車した僕ら。
ああもうリュカ様なんて馬車に乗りなれてるから大差ないと偉そうだ、あごまでしゃくってる。
「ふたりともこんなところにいたのね!」
乗り込んでいざ出発、という段階で、僕らの方にかかった、声。
エマ様とフレデリック様、と以下数名。見知らぬ大人を引き連れて、あとは昼間のリュート少年とカレン少女、である。
僕らは御一行と遭遇したのだった。
一旦出発するのを中断してもらう。
「よかった……、明後日のほうに向かっていったから心配したんだよ」
「身を案じるほどここ危険なんですか!?」と僕は仰天してしまう。
リュカ様がやれやれと説明に入った。
「違うだろ。今日が祭りってことなら、母上たちはご存知だったんですよね? で、俺達に説明し忘れていた、と」
「それも違うわ! 説明し忘れていたのではなくって、勝手に遊びに行っちゃった、が正解ね!」
両腕を構えてふんぞり返るエマ様。たしかに、リュカ様なぞ説明もそこそこに出ていったな。
(ふんふん)
――ぎょろり。
背筋を凍らせるような視線が刺さった。
「お前も共犯だからな」
「あうっ!?」
どうやら逃げ切れず……。無念、犯人役も降板かー。
「んん? でも、変ですよ。道が反対です」と、僕はじぶんたちが来た道を思い出して話す。
「ああ、それは……」
フレデリック様が説明しようとすると、その声を遮りエマ様がウィンクをしながら種明かしした。
「私達は反対の道から近道してきたのよ、こっちの方が斜面がゆるやかで、より街中にでるの」、エマ様は手を打って説明した。
「ふへえ、あっちは裏道だったのか」
「どうりで静かだったわけだ」
ホラーじみてましたし。
と、ご婦人による種明かしが終わったところで僕らを呼び止めたエマ様が声をあげた。
「ところで――、まあまあ。それに乗るの?」
「母上はだめです」
「どうしてよ!? お母さんだって乗りたいわ」
「僕も気になるな」
「父上など論外です」
「えええ。息子に拒絶されてしまったよ」
リュカ様はなぜか頑なに拒んでらっしゃる。
まさかなにもかも独り占めしたいおぼっちゃま故の独占欲か?
と、僕が失礼なことを考えていることも知らずリュカ様は両親と話している。
「仕方ないわね。ここはルナちゃんを挟んで夫婦で乗り込みましょうか」
「あ――、お話中のところ悪いのですが時間も押してますし、そろそろ……」
「あら! ごめんなさいね」
エマ様はといえば謝る姿も扇子を使って上品であった。そんな奥様を後ろに引き留めて、フレデリック様が笑みを深める。
扉が閉められる。
僕らはとうとう箱――カゴといっていたか――の中にふたりきりになった。
『楽しんでおいで』
フレデリック様が耳打ちした言葉に送り出され、人力の乗り物は出発した。




