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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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ささやかなおねだり1

 前回までのおさらい

 ・なぞの音が気になって起きてしまい、それっきり眠れないルナであった。

 ・ルナは星月夜をリュカとともに過ごした。自分の生い立ちを振り返った。リュカの嘘にあと一歩踏み込めなかった。

 テーブルクロスをそっと広げて、静かに卓上(たくじよう)へ下ろす。その間に、食器は万が一にもぶつからないように細心の注意を払っ(はらつ)て運ばれていく。カチャカチャと耳障り(みみざわり)な音を立てず、それでいて時間通りに工程をこなせるように慌ただしく(あわただしく)使用人たちが動く。まるで機械じかけの人形のように。


 食堂の大時計が秒針を刻む。カチコチと小気味よい音を刻んで。


 と同時に、僕の耳には中央階段を下りてくる靴音(くつおと)が響かせる音もちゃんと拾っている。今頃(いまごろ)主は優雅(ゆうが)振る舞い(ふるまい)(だれ)にみせるわけでもなく披露(ひろう)していることだろう場面が、頭の中でもくっきりと想像することができた。


 (ぼく)はみんなの作業の中心部で、今日の天候や(かれ)らの気分に合わせた食卓(しよくたく)の演出に指示を飛ばす。


 最後に、花瓶(かびん)に花を生け、ダイニングテーブル全体をチェックした。


「……完璧(かんぺき)だ」


「おはよう」


 食堂に主役が現れた。

 僕はほらみたことかと、彼に挑発的(ちようはつてき)に笑う。


「――本日もつつがなく終わりましたよ。わが(あるじ)?」


 目の前までたどり着いた主人を丁重(ていちよう)出迎え(でむかえ)て。



「なるほど、カミツレか。朝から清々しい(すがすがしい)気分だよ。さすがうちの庭師だ造形もいい。悪くない目覚めだな」

(やった!!)


 と僕は内心で拳を握った。のだが……。


「が、……はぁ。お前はいつまで経っ(たつ)ても変わんねーなあ、ルナ」

「へ、僕? あ痛っ」


 僕をこづいたリュカ様はやはり呆れた(あきれた)表情をしている。

 僕は頭を抱えて(かかえて)動揺(どうよう)する。


 なぜに!? 僕、完璧にやり遂げまし(やりとげまし)たよね!? ねえってば、リュカ様ぁ~~!!


 想像とは違う(ちがう)主人の反応に混乱した。

 そんな僕を置き去りに、使用人一同は、主人に朝の挨拶(あいさつ)をした。


「「」「おはようございます、坊ちゃま」」」


 背筋を伸ばし(のばし)て礼をする使用人たちに片手をあげて応えてみせるリュカ様は今日もそつがない。凛々しい(りりしい)眉毛(まゆげ)が印象的な、男らしい顔立ちをゆるめて微笑ん(ほほえん)でみせた。


「おはよう。(みな)、今日もよろしく頼む(たのむ)


 はい、という気持ちのいい返事が揃っ(そろつ)た。


「って、また僕置き去りにされてるううううう!」

「ちっ。横ででかい声を出すなと、何度言ったらわかるんだ!」

「うう、昨日は許してくださったのに?」

「昨夜のは特別だ。第一、大声ではなかったろう」

「は!? そういえば!!」


 やっぱ抜けてんなあという主の耳の痛い指摘。

 そこへ、後ろから声がかかった。


「あらあ、朝から仲良しさんね。ところで昨夜のこと(・・・・・)って何かしらあ」


 目の前のダイニングチェアを引く使用人の姿、振り返る(ふりかえる)と、ご婦人が着座を断ってこちらに来る。


「エマ様! おはようございます」

「おはようルナ」


 素敵な(すてきな)微笑み(ほほえみ)がまぶしい。朝からエレガントな装い(よそおい)も、新緑を思わせる目とまとめた明るい茶髪(ちやぱつ)にばっちり似合っている。


「ちゃっかり抜け駆け(ぬけがけ)して逃げん(にげん)な。っ、母上おはようございます」


 そう、この方は伯爵(はくしやく)夫人のエマ・ド・ベルナルド様であった。

 彼女はリュカ様の実母であり、以前は僕もお母さまと気兼ねなく(きがねなく)呼ばせてもらっていた。ちなみにリュカ様はその(ころ)から母上ときっちり貴族らしい呼称(こしよう)であったが。


「ええ、リュカもおはよう。で、ルナちゃん!!」

「はひッ!?」


 急に名前を呼ばれてがっしりと(かた)掴まれた(つかまれた)。何ごとかと警戒(けいかい)して固まる僕の顔を捕まえて(つかまえて)、エマ様はじっくりと検める(あらためる)


「だめじゃない、かわいい顔にくまなんてつくっちゃ! ベルナルドの名を冠する(かんする)むさ苦しい男共とは違うのよ、もお」


 いたわるように僕の目元を撫でる(なでる)エマ様。あったかい指のおかげで血行がよくなった気がする。


「すみません……」

「ん。たいへん素直(すなお)でよろしい」


 昔のように頭を撫でて(なでて)いるエマ様に思春期の男子としては恥ずかしさ(はずかしさ)はいっぱいだが、久しぶりの接触(せっしよく)におもわず喜んでしまった。


 実は使用人のみんなにも会う人会う人に具合でも悪いのかって聞かれたんだよなあ。

 昨日はやっぱりあれからも色々考えてしまってうまく寝付けなく(ねつけなく)て、そのせいでくまがはっきりと浮かん(うかん)でいるのだった。うう。


「ほら、そーゆーとこだぞ」


 びしっと指を突き出す(つきだす)リュカ様に僕はどこですかと首をかしげながら尋ねた(たずねた)

 エマ様は息子(むすこ)の不作法をたしなめている。

 あ。ついにはテーブルに(ひじ)をついて顔を支え始めてしまった! エマ様がご立腹ではないか、もー。


「使用人、中でも執事(しつじ)クラスならスマートに仕事をこなすもんだ。それは主人に求められる仕事への姿勢として当然の心がけだと思っていい。であるならば?」

「ば? なんです?」

「……いちいち挑発(ちようはつ)に乗せられて見返そうと躍起(やつき)になり、あまつさえドヤ顔を晒す(さらす)なんてもってのほかっていってんの」

「あぇ……それは……」


 言い訳も満足にできない僕はうじうじと情けなく映ることだろう。

 対するリュカ様はじつに堂々としてらっしゃる。

 素晴らしい(すばらしい)作法もかなぐり捨てて、男子らしい豪快(ごうかい)さでしゃくしゃく、と葉野菜をつまんでいる。さすがに見かねたコック長が(せき)をすると、やめたが。リュカ様の態度に頭を抱えているエマ様。そのお気持ちはわかります。僕なんて叱ら(しから)れてばかりですが。


(うぐっ!?)


 ちなみに指摘(してき)の方は完全に図星だった。今日なんて自分の仕事っぷりに陶酔(とうすい)した節もある。事実、完璧だとか思ったし。


「んー、それなんだがな」

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