昔話に花が咲く3
「わりとすぐになかよしさんになったふたり……、かと思えば当の本人たちにとってはまだまだ試練はあったのよ」
聞き手の生唾を飲み込む音が響いた。
ここは庭先なのに、変だ。僕は帰りたい気持ちからか、椅子から逃げ出そうとあがく。しかし執事長のゴーザさんの目が光ったせいで、無理だった。なんてことだ!
そんな合間にエマ様は導入部を語っていく。
「最初は新しいおもちゃのごとくルナちゃんを気に入ってたリュカなんだけれど。早くもこどもながらの悪い癖がでてねぇ」
リュカ様は端的に言うと、構うだけ構って飽きたのか、自分が元気になると現金なことに、僕のことを放置しだしたらしい。
孤児院から引き取られたばかりのルナリードを、残して。
広い屋敷に対する心細さ。当時の僕は、ぷるぷるびくびくと震えながら必死にリュカ様を探し求めてさまよっていたらしい。エマ様やフレデリック様、もちろんほかの屋敷の使用人にも同じ反応で、みつかれば悲鳴をあげながら足早に逃げたしていたとかで……。
そんな幼い僕に対し、エマ様は言及した。
「顔面を蒼白にし、『ぴえっ』だとか『ふ、ええー……』だとか、『ぴぎゃん!』だとか怯えながら逃げ出す姿があまり可哀想で、みんな必要以上に近寄れなかったの」とのこと。
「威嚇すらかわいいのよ?」
「まあまあ……かわいそうな子が増えちゃったの? でも、大丈夫だったの、ルナちゃん様?」
(え、やっぱりその呼び方で固定されるのか……?)
「え、ええ。たしかへいき、」
「ではなかったのよ。これが!!」
エマ様はテーブルマナーを無視して机を叩いた。さりげなく執事長は明後日の方向を向く。
僕の時とはえらく反応が違うことは解せなかったが、しかし、それどころではなかった。
「やっぱり!!」
(この方たちも食いつきがいいな!?)
さすがエマ様のご友人なだけある。僕は感心しながら聞き耳を立てた。
「親の心配そっちのけでリュカはどんどん活発さを取り戻すし、反対にルナちゃんは会う前のリュカみたく弱っていくばかり。ほとほと手を焼く私たち。そこへ現れたるはあの光景よ!」
屋敷の廊下で、僕らは相対していたという。
「ついてくるな」
ちいさなリュカ様が僕を威圧する。
「ひぃ……やああっ。うっ、ぐすん……」
僕は泣きながらもめげない。離れるたびに後を追った。
「ついてくんなよな! ううっ」
語気を強めたリュカ様だが、感受性の問題か、僕の泣き虫がうつったようだった。
「ぴええええー」
「な、泣くなんてずるいぞ! うっうっ、びえええー」
というわけで、ずっと後ろをつけてくる僕に不機嫌になったリュカ様もろとも、ふたりしてわけもなく泣きじゃくる光景が目に飛び込んできたらしい。
「心が不安定なせいでふたりは、互いに互いを見合っては、涙の影響に引っ張られる形でね」
「天使ですか?」とだれかがぼやいた。
エマ様は机の上に手を組んで神妙に口にする。
「『ふぇぇぇっー!』と涙目いっぱいのまま、相手に釣られ、えんえんわんわん。ところがね、ここでルナちゃんが積極的に抱きしめに走るの! ぎゅうぎゅうしてる姿ったら、ぐっ、かわいくってね。ふたりして目を腫らしたまま、リュカなんて『おまえなんかきらいだ』とかなんとかいいつつも、手をはなさないのよー!!」
「きゃあー……尊い」
「ちいさい子たちのやりとりってどうしてこう微笑ましいの……?」
「ハートブレイクが過ぎますね」
「きらいだのなんだの言われても、でも屋敷や部屋にひとりぼっちはさびしくてたまらないのか、歳の近いリュカを探して見える範囲におさまろうとするルナちゃんときたら。ぐっふふ」
「あーっ、なぜわたくしはその光景を拝めていないの!?」
「むしろエマ様のマウントがえぐすぎる件について物申したいです」
「でも我が家の息子たちでは太刀打ちできそうにもないわあ」
「娘でも激しく同感」
その頃のことを思い出してみる。
てくてくと僕は後を追っていた。
覚えている一幕は、芝生を乗り越え、チューリップ畑に潜り込み、噴水の裏手まで探し回ったあとだ。うっとうしいと嫌がりながら払いのけるリュカ様を、僕は構わず追いかけていた。それは必死に。
ため息、ある時リュカ様も諦めたのか、そんな僕に折れてよしよしと頭をざつになでた。
僕はそれがうれしくって、もっともっととすり寄った。
「『んぐっ!?』よ? 変な声だして、リュカったら右往左往してたの。もう、おっかしくって」
「あら~~、リュカ坊ちゃんってば目覚めてらっしゃったのね!」
「んほほほ、たまりませんわ」
「えっ、なんの話!?」
「いえいえ。それがね、ちがうのよ。これがまだまだお子様でねぇ……」




