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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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26/32

昔話に花が咲く1

 木陰に配置された催し用の卓。座席からは雲一つない青空も一望できる。

 そんななかお茶会の席から立ち上がるエマ様。


 丸テーブルを囲んだ婦人たちに向けて、力強く説明し始めた。彼女の同士たちは優雅にティーカップに口をつけながらそれを見守っている。


 熱い思いでなのか、握り込んだ拳が震えているのがどうしても気になってしまう。

 ひたすらに僕は思う。


(どうか穏便におわって〜〜!!)





 咳払い(せきばらい)をひとつ、エマ様は語りだした。


「うちのリュカがルナちゃんと出会ったのは、冬の霜が降り始めた頃でした。当時のリュカはね、体が弱く、体調を崩しがちだったのよ。今のあの子を見てもそうとは思わないでしょうけれど。ほんとに私(たち)両親は気を揉ん(もん)でいたの……」


 そうだ。あと一週間もしないで聖夜がやってくる、そんな日のことだった。



 町外れの孤児院は財政悪化により訪れる人間が減っていた。子どもたちに届く食事以外の物資が不足しがちで、おしくらまんじゅうをするみたいにこどもたちは寒さをしのぐ。

 しんしんと底冷えする床に擦り切れたクッションをひいて耐え忍んでいた僕は、見た。

 厳しい冬の気配を感じる窓の外に、突然の来訪。


 窓辺に座ていた僕は慌ててガラスの前に駆け寄る。



 そこには絵本のなかでお姫様を迎えにくるような馬車があった。うっすらと積もる雪道を踏みしめてきたのか、馬のひづめには雪が乗っていた。

 素敵な乗り物の登場に、僕は幼心に目を丸くする。

 心惹かれる(ひかれる)予感。しかし僕は入り口へ向かうのにちゅうちょした。たたらを踏むうちに、孤児院の兄弟姉妹たちが遅れて気づき、ぞくぞくと園長先生に報告し、入口へと駆け寄っていくのを、僕は羨ましい気持ちでながめていた。


 チャイムが鳴った。



 簡単な身支度だけして出迎える園長の声が玄関から聞こえる。なにか押し問答のような声のあと、園長先生は戻ってきた。

「いいかい、君たち。はるばるお客様が来たようだから私は相手をしなければならない。くれぐれも大人しくするように」

 そう言い聞かせて、その困ったお客様がたを孤児院内部に招き入れる。



 孤児院の従業員たちはその様子に眉をひそめて(うわさ)していた。


「あれって……お貴族様?」

 手伝いに来ている平民の女性が尋ねる。

「そうそう、たぶんこの前話してた視察にくるっていう家の方々だよ! あ〜〜、よわったいねぇ」


 恰幅(かっぷく)のいいおばさんは肩を回して文句をいう。


「ふーん。こんな時間に来るなんて貴族ってのは自由な人たちね」と手を(ほお)にそえて女性は感想をもらした。

「まったく。こっちは夕飯の用意で忙しいってのにさ、あの人らの出迎えの支度までなんて。とても手が回らないよ!!」


 あーやだやだ、忙しいと口々に話し、貴族を邪険に思っていた当時の孤児院の人たち。

 貴族がなんなのかわかりもしない僕は、それで勘違いして、「おっかないひとがきた」と思い込んだ。慌ててクローゼットの奥に隠れて、彼らをやり過ごすことにしたのだ。



「おまえ……そんなとこでなにしてるんだ?」


 戸の裏でうとうとし始めた頃、突然、木の間で透けてみえた向こう側に少年がみえた。

 みつからないようにしていた僕は驚いた。


(へ?)


「わかった、かくれんぼか! なら俺が捕まえてやる」


 勢いのいい少年はそう決めてかかるやいなや、クローゼットの取っ手を両手で掴む(つかむ)


「ぴぇっ!?」


 情けない鳴き声をあげて僕はおののく。

 身構えるまもなく、暗がりに差し込む室内の明かり、白けた視界。


 一気に扉が開け放たれた。



 黒髪のかっこいい男の子がいた。まっすぐに僕をみつめている。まるで王子様みたいに思えた。上等な着衣に、臆することない堂々たる姿に、僕は上目遣いで目を輝かせた。



 ハッ、とした時には、しっかりと捕まっていた。

 あわてて離してと身じろぐも、なにを勘違いしたのか、さらに強い力で体を引かれる。

 ぶつかる、と思って――目を、閉じた。

 軽い音がすると僕はその男の子の腕の中にいた。

 にししと豪快に笑う彼。

 鼻先をかく男の子。

 目を丸くする僕は、彼のペースに巻き込まれて室内を移動する。



 僕の手を掴む彼は相当やんちゃな子だったらしく、父母の目を盗んで室内を見に来たという。


「おいおまえ、あれなんだ?」 

 ずいぶん調子のいい少年は寝室の大部屋にあった布の塊を指差す。

「ぬいぐるみだよ?」

 逆に疑問形になった僕。

「あれがか?」

 さらに疑問形で返される。なにが納得できないのかと不思議がれば、彼は答えを示す。

「うちのぬいぐるみはもっとこうしっかりしているぞ!」

(ぬぐるみが……しっかり?)


 胸を張った答えが伝わらなかったのがわかったのか、少年は少ない語彙を使って懸命に説明しようとする。


「こんなにごった色はしてないし手や足もついている。あとは、えっと、でこぼこもしてないし、こんな布切れも貼ってないぞ!」

 彼はくすんだぼろきれが目ではないほど立派なおもちゃを持っているらしい。そう、形も不揃い(ふぞろい)で孤児院のひとが雑に手作りしたぬいぐるみもどきとは別な。綿のかわりにいくつもの古着をいれて作り、何代にもわたって酷使され続けたすえ、アップリケやらで当て布が施されたそれとはちがうもの。


 ただし僕は心を痛めた。

 だってその子(・・・)は僕のお気に入りのぬいぐるみだったからだ。おともだちを愚弄されてぐずぐずと鼻をならす。


「どうしたんだおまえ!?」


 ギョっとした少年が戸惑った様子で僕の泣き顔をみつめる。

 涙でかなしい理由を説明できない僕はあえとかううとか言葉にならない音をもらした。

「そ、そんなにうらやましかったのか……? わるい」

 素直に謝る少年だが、理由はずれていた。それを指摘しようと口を開ける、と。


「そんなにほしいなら、ぼくのを一個あげるぞ」

(ふぇ!?)


 すてきなぬいぐるみもかわいいお人形もみたことない僕が想像しきれない世界が彼のもとには広がっているのだろう。まさに別世界。


 分けてくれるといった彼は言う。


「ぬ、ぬいぐるみなんてこどもっぽいからな! えらいぼくはちびのおまえにゆずってやるんだ!!」


 腰に手を当てて、鼻高々に宣言した男の子。彼なりの背伸びだったが、真に受けた僕は、僕には……とても嬉しかっ(うれしかっ)たのだ。たとえ照れ隠しの発言でも。心がきゅううと締め付けられるような感触は、今まで覚えがないもので、僕は伸びた襟ぐりがさらに広がるのも構わず、胸の布地を小さな手で握りしめた。


 その後、みんなで川の字で寝ているのが信じられないだとか、しきりに僕のボサボサ頭について言及したり、長い髪をむりにあげられて言葉を失った彼の表情に笑ったりと、僕らは短い時間を楽しんだ。



「おまえあったかいな……これいい、……すぅすぅ」

(ちゅめたいてだ)

 こてん、と首がおちる。僕により掛かる重たい体。だがふしぎとイヤじゃなかった。

 そっとよしよしと頭を撫でた(なでた)。微妙に届かない頭がある。がんばっても届いたのは前髪あたりで、それでも額をがんばって撫でて(なでて)いた。

 和らぐ。薄れゆく。

「むむ……むぐう…………」


 ほかにだれもいない寝室のすみっこで、疲れて寝落ちしていた僕ら。

 孤児院のひとたちがみつけたその光景を、彼の両親は涙を流すほど安堵(あんど)したらしい。


 壁際で寄り添う少年ふたりは手を繋い(つない)だまま眠っていた。それそれはしあわせそうに。





 これに好機を見出し(みいだし)た伯爵家の夫妻。僕を養子にする交渉を始めた。その結果、財政支援が打ち切られた孤児院への寄付を申し出るベルナルド家のご当主。ペンを取って書類にサインすると細部の契約は後日あらためてと、リュカ様を連れて帰られたのだった。



 僕を引き取りに再び訪ねる、伯爵家の人々。園長先生から家族について説明され、僕は舞い上がった。孤児院のみんなと離れるのは寂しかったが、彼とおしゃべりできることはもっと喜ばしいことだった。

 勇み足で駆け寄る僕に、そっけない彼の表情。しかし、僕の手を捕まえる小さな手。

「ほらいくぞ」

 まるでお気に入りのおもちゃを手に入れたこどもみたいな様子で、僕はリュカ様に屋敷まで持ち帰られたのだった。





(ああ、そうか、もしかしたら当時のリュカ様も)

 ダイナミクスが不安定だったせいで不眠症の気があったのかもしれない。それゆえの体調不良。たしかにそれはエマ様たちも心配だったろうな。


 気づいたら僕も寝ていたので仔細(しさい)は知らなかった、あの出会い。

 エマ様はさらに語られる。


「寄り添って眠る天使たちに私達、泣きに泣いたのよ!? 園長先生には無理をいってルナちゃん本人の許可を取ってねえ……。晴れてうちのコになったときはそりゃあもう嬉しかったわよ。リュカの体調面もそうだけど、まさか二人目をこの胸に抱けるなんてね、ふふ」

「ん?」

「もしかしてルナさんは知らないのでは?」

「あ、そっかあ。言ってなかったかな。私、リュカを生む時に苦労して生きるか死ぬかの瀬戸際だったの。幸い、子どもともども無事だったんだけれど、その時にお腹(おなか)の中は……。で、二人目はありえないはずだったのよ」

(そうか、だから余計にリュカ様を育てたかったのか――……)


 いまのを聞いて僕は再認識した。

 親からすれば我が子はかわいいものなのだろう。しかしそれこそなんとしても、と死に物狂いでフレデリック様とエマ様は解決策を探したにちがいない。

 なりふり構わず息子のために。

 わざわざ遠い孤児院まで迷惑覚悟で押しかけるなんて、そうやることではないだろうから。



 僕は必要とされていたのだ。

 添い寝係になったのも、パートナーになるまえにリュカ様がベンチで眠ったのも、両親から頼まれたのも、偶然ではなかった。


 それに妙に感動する。


「というわけでリュカはルナちゃんを確保しましたー!」


(そんな取り押さえられた犯人みたいな言い方ぁ……!?)


 僕はテンションの落差に肩を落とした。なんてノリのいい貴婦人なのだ、母様、みんなに笑われていますよ?


「というわけでこれからかわいらしいむすこたちの思い出話をしていくわ。ふたりの珍プレー好プレーをこうご期待」

「珍事!? まさか恥ずかしい過去もバラされちゃうの!?」

「そうね〜?」


 うっすらと肯定されてどよめく周囲とおそれる僕。



「いやああああああ、やめてエマ様、早まらないでぇぇぇ!!」

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