公認の仲?1
澄んだ笛のような鳴き声に続いて、留まっていた鳥が羽ばたいた。
野鳥を見送った階下の庭園では今が盛りと春の花々が。
咲き誇る楽しげな様子に、鼻歌まじりに持ったはたきでホコリを払う。
ベルナルド家屋敷。
居間の中には僕ひとり。
「 」
昼下がりののんきな光景をみて、まどろみたくなるあくびを噛み殺していると、ふと、リュカ様の声がした。
(はて?)
気のせいかなと思った。だってたしか――今は家庭教師による授業のお時間、だったはず。
「おい、ちょっと来い」
だがしかし、このとげのある声はわが主に違いない。
(なんの用だろ?)
作業を止めて後ろの声を振り返る。
とたんに僕は首をかしげてしまった。
硬直した僕の前にはたしかに、リュカ様がいた。
そのリュカ様はといえば、肩をいからせて拳をきつく握り込んでらっしゃる。血管が浮き彫りになるほど震える手。
僕はなぜか背筋が寒くなった。
しばし見つめ合う均衡が続く。破ったのは、うっかりきつい眼光と目が合ってしまったことで。
(あっマズい)
なんていうかすっごい圧を感じるぞ?
自分の直感を振り払いたくて声を出した。
「あの……僕、何かやっちゃいました?」
訂正。今のこそ失言だったかもしれない。
――僕にはとんでもなく嫌な予感がした。
リュカ様はあごをくいっと持ち上げて合図を送る。
(来いってことか)
片手に持っていた本を机に置いて作業を中断した僕。
リュカ様の後を必死に追う。
急ぎ足の彼についていくのは苦労するが、どうやら主人は寝室に向かっているようだ。これはお昼寝のチャンスかと、彼の気なんかつゆ知らず、密着できるチャンスに舞い上がった。
……な、わけなのだけれど、これはどういう状況デスカ?
呼び出された先でもリュカ様は口を閉じたままだんまりを決め込んでいる。
ふと違和感を覚えて彼の顔を注視する。
直後。
脳天に静電気が駆け巡るようなショックが襲いかかる。
思わずめまいがしてしまった。
「……なんでですか」
うつむいた僕の声だってきっと震えていただろう。
しかしリュカ様は片眉を上げて反応しただけで、あとは質問に疑問で返すだけだ。
「急になんの話だ?」
(とぼけるなんてっ、ひどい)
珍しいことにこれでも僕は憤っている。
あの休日のお出かけで僕らは変われたのだと思っていた。数年かけて積み上がっていた壁のせいでできた、距離感。その退かそうにも動かせなかったレンガは取り除かれて、ようやく差が埋まった、かに見えていた。少なくとも僕には。
ところがどっこい真実は違ったらしい。
なぜなら彼はいまさら内緒にしている。自分の不調というほの暗い秘密を。
(こんな僕じゃ相談できなかった?)
悔しくなる感情にブレーキをかけるも、先走るように口は勝手に開いた。僕の機微を理解できない主人へ向けて。
「ど〜〜っしてそんなすごいくま隠してるんですかッ!」
思わず出てしまったうるさい声。
「は?」
あ然とするリュカ様。
僕はおもむろにリュカ様に近づいて、化粧でごまかした目の下をハンカチでこする。強引にゴシゴシしたのがきいたのか、リュカ様の目つきはさらに|剣呑《けんのん》なものになってしまった。
うっとうしいという態度で払いのけられる。それでも僕はめげない。
(これは相当だぞ。一体何徹したんだ!?)
あんまりな自称パートナーの態度に失望しつつ、リュカ様の具合を労ってお手を取る。
「どうしてこんなひどい状態を隠して……」
ところが苦々しくリュカ様は言い訳をした。
「騒がしいのが一匹いるからな」
「はああ!? え、ひき?」
(言うに事欠いてそれですか!)
(僕はこんなにあなたのことを心配してるっていうのに!?)
「だからうるさいっつってんだろ!」
取った手は離れて額にデコピンを食らう。
「あうっ」
口には出さなくても色々と表情に出てしまったのか、リュカ様はうんざりとした様子でいう。
余計に腹が立って僕はリュカ様に掴みかかる。積年の恨み、いいや最近の鬱憤を晴らすために。
「っていうか! 最近ぜんぜん一緒に寝ててくれないし、また何かあったんですか?」
「全部おまえのせいだが?」
「…………、はへぇ!?」
(なんだろ、あの、この、いつものやりとり感は)
驚いて、リュカ様の顔を注視する。けいれんするように浮き上がる額の血管があきらかにひどい睡眠不足を物語っているのは相変わらず。眉間をもむリュカ様は、はためにもつらそうだ。早くなんとかしてさしあげたい。
……が――その原因が、僕、らしい。
「え、あ、……え?」
僕はおどおどしながらつい最近のことを思い出し始めた。




