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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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ふたりの約束2

 起きると隣でリュカ様は眠っていなかった。起き抜けのパジャマのまま通路を抜けリュカ様の私室を覗く(のぞく)がそこにもいない。うろうろとさまよった挙げ句、メイドのルイーズねえがいたから声をかける。


「おはようルイーズ!」

「あら? ルナじゃない。おは――ってもう、そんな格好でうろついちゃだめでしょう?」

「あー……はい」


 僕は自分のだらしのない格好をみてほおをかいた。さすがに休みとはいえこんな格好で屋敷内を歩き回るのはまずいよな。そう考えていると「リュカ様ならとっくにお出かけしたわよ」という言葉を聞いてふーんと頷く(うなずく)。あ、ごはん食べなきゃ。それからえっと……あれ、今日何曜日だ? するとちょうどいいタイミングで横からはあなた(たち)出かけるのじゃなかったのと聞かれて、固まってしまう。


「僕……リュカ様に置いてかれた、? ルイねえ、どうしよううううー」


 年上のメイドである彼女の腰元しがみついて泣きつくと「いいから顔洗ってしゃんとなさいな」と叱られてしまった。まだまだお子様ねとおだやかな顔で彼女に額を撫でられ(なでられ)ながら。ついでに朝食は用意済みであることを知らされたので、わざわざ準備しておいてくれたシェフに感謝するのも僕は忘れなかった。


 慌てて顔を洗い、食卓へ向かうべくいつもの執事服に身を通す。僕の使用人部屋の机に見慣れない紙切れがある。


「…………なんだろうこれ?」


 拾って読むとそれはリュカ様からのメッセージだった。


 ――リオネル通りの噴水広場、電話ボックス前に集合。


 約束は現地集合だったらしい。





 そそっかしく食事を終えると、笑顔のエマ様がちょいちょいと手招いている。彼女に近づくとちょうど着替えについて困っていたことを話す。クローゼットをみてもそこに衣装はない。話しながらなぜか歩き出したエマ様についていくと夫人の衣装部屋へとたどり着いた。部屋の扉を開けるとドレスやアクセサリーが季節感を重視して並べられている。


「渡しそびれていたのよね。でもおかげでよかったわ」

「ん? なにがですか」

「というわけで今からお着替えしましょう! さあさあ脱いで脱いでー」

「ぅぇ……あ、は……いぃ……」


 こうして僕はお人形よろしくエマ様に(肌着以外の)衣服を全身コーディネートされた。


 で。にこやかに手を振って送り出すエマ様を背に僕は馬車乗り場へと急ぐのだった。





 まだ午前中ながら街は動き出していた。


 自転車のベルを鳴らして通行する新聞配達人。呼び止められた男性は降りてその場で一部販売している。馬車乗り場でさっそく新聞を広げた傍ら、近くの八百屋さんでは新鮮な野菜を手に取った母親に顔をしかめる子どもの姿があった。店の横で井戸端会議をしている中年女性たちの姦しい(かしましい)声が聞こえと、日常的な町中の風景が目に映った。


 乗合馬車から降りて目印を探すと黒い格子とガラス窓が目立つ電話ボックスをみつける。受話器に手を置いてポケットの精石をボックスに投入すると、とたんに中でガタガタと霊具が唸り(うなり)だし地点同士の座標をつなげているようだ。中の女性はいいことでもあったのか、受話器の向こうへ声を弾ませているような表情で会話をしている。


 この世界で、精石(せいせき)はお金として流通しているが同時に霊具(れいぐ)と呼ばれる各種道具を動かすための燃料、つまりはエネルギーでもある。お貴族様はそのエネルギーを潤沢に生み出せたとかで、古くはそこの線引きで貴族と平民は分かれていたそうだ。今現在では眉唾ものといった見方が多い。なぜなら貴族になるための条件も緩和されているようで新興貴族も増えているからだ。


 目的地を目指して歩くと異様に目立つ青少年がベンチで本を読んでいた。ダークグレーの上等な生地の帽子……それに合わせた千鳥格子のベストにキュロット、中のシャツは淡いグリーンでアクセントを効かせている。靴下にはシンプルな刺繍(ししゅう)が入っており、磨かれた漆黒のブーツがキリっとしたかっこよさに味をきかせている。全体的に品が良い。育ちの良さが一発で分かる振る舞いも相まって容易には近づけないオーラを醸し出しているようだ。通りかかった女子たちが色めきたっているのもうなずける。


(ここでも読書とは恐れ入る……)


 生真面目な彼は時計に目をやると指で手元を軽く叩い(たたい)た。時刻を確認しているようなので、慌てて僕は声を上げた。


「リュカ様、遅くなって申し訳ありません!」


 がばっと頭を下げて謝罪するとその頭の上に手を置かれた。ぼそっとした小声で目立つだろうと言われてしまった。そうだった、今日は休日! 思い直して僕は笑顔でリュカ様に向き直る。


 なぜかリュカ様は固まっている。


 僕は首をかしげて彼の名前を呼んだ。


「……悪い。その衣装のせいで見違えたな、と思って」

(ええ、いつもと違うってこと。つまり見惚れ(みほれ)てた!?)


 やはりあの方の手腕はただものではないらしい。早速エマ様のおかげで僕の機嫌は急上昇! 遠い空をゆく(はと)の群れを見送りながらリュカ様に自慢する。


「ええい、顔がうるさいぞ! そんなに見せびらかさなくたって今日のお前はただの使用人じゃないんだから静かにしろ」

「ただの使用人!? 僕はいつだってリュカ様のための専属執事ですよ!?」

「あーもー、わかったから黙れ」


 ふんがいする僕とは反対に口の端っこを持ち上げたまま僕の髪をなでつけるリュカ様。なんだかんだおかしそうに声をくつくつと漏らしている。素に近い雰囲気を珍しがっていると、リュカ様は言う。


「いいカラーだな。暖かくなってきた春先で見るものの目も楽しませるだろう。お前みたいに表情がくるくる変わるやつだとより軽やかにみえる。さすが母様のチョイスだ」


 リュカ様の唐突な感想に僕の頭からはプシューと煙が上るようだった。なんだか恥ずかしくて目が合わせられないのですけれどッ!!


 僕はそわそわと自分の装いを見直してみる。


 エマ様が用意してくださったのは、淡いブラウンのベストと同色のサロペット。サロペットはふんわりと空気を含むように広がり、上の爽やかな白いシャツのフリルとともに布が踊っている。背中で交差している部分には小さなリボンがついていて存外かわいいワンポイントになっている、と自分でも思う。足元はレースの靴下、メロンパンみたいなフォルムのベージュのブーツとなっていた。


「……なんか、やけに頭にふれてません?」

「髪が乱れていた。ほら、直しておいた」


 リュカ様に感謝してお礼を言うと、鳥の巣の出来損ないみたいだったと笑われてしまった。


「鳥の巣って……しも出来損ないって……相当なボサボサヘアーでは?」

「だからそれの出来損ないだから、なり損ないだ。もう何手か指したら詰んでたのにな」

「……がっかりしないでくださいよ」


 僕は肩を落とした。そんな変な格好で待ち合わせていたらリュカ様だって目立ってしまうのに。けれどっ、たとえそうなってもこの方は僕をかばってくださるのだろうな、なんて予想がついてしまった。ため息をついたところでリュカ様をみあげる。


「時刻は指示していなかったが早かったのは急いだせいか?」 


 たしかにメモに時刻はのっていなかったことを思い出す。しかしまあ、主人を待たせるなんてできるわけもない! リュカ様の気遣いには感謝だが。


「よくできました。これで満足か?」

「うっぐ……僕がいつも褒められ待ちしてるとは限らないんですからね!? なんでもいいってわけじゃないんです!」

「そうは見えないけどなぁ」


 ばちんっ。


 ()と眼が合う。


 意地悪なほほ笑みだ。そのくせ、僕の茶髪の一部をすくいとってもてあそぶ姿に不意打ちのときめきを覚えてしまう。


 ――甘い。なんというかわざとらしくない仕草が後味がくどくないカヌレみたいで、くせになってしまいそうだ。


「じゃあ行くか」


 リュカ様と連れ立って街の中心街へと歩き出した。



 上の方へと昇っていく太陽がまばらに散っていた雲に隠れた。そよ風が僕らの(ほお)をなでて吹き抜ける。その風に乗ってきた匂いに鼻をくすぐられて、僕は店先で立ち止まった。


「自由散策とは言った。だが早速足を止めるのがここか? 冗談だろう」


 頭を抱えたリュカ様。僕の目はすっかり屋台のいちごクレープに夢中である。おおぶりのいちごを添えてあるホイップクリームの山、それにかかったチョコレートソースがひじょうに食欲をそそる。まるで妖精のいたずらな誘惑に思える。


「食べ歩きですって食べ歩き! 僕、したいです」

「予定はわかってるよな?」

「お昼ご飯はもちろん待ち遠しいです」

「……そのランチが食べられなくなったらどうするんだ」


 まったく、とこぼすもリュカ様はしょうがないなと笑っている。それでも許可は出してくれないらしい。どうするかなと悩む彼。身長が高いリュカ様を見上げる形で僕はおねだりした。


「どうしてもだめですか?」と僕が頼み込むとリュカ様は一歩引いてから、折れてくださった。


「うっ……」

「どうした? まさかまずいのか」


 慌てる彼を手で制して片手をほほにそえながら余韻にひたる。


「おっいひぁでず〜〜! こりぇとおっても、もがごごご」


 僕が満面の笑みでもぐもぐしていると話しかけるな食べ汚いぞと注意されてしまった。だっておいしいし。リュカ様にも堪能してほしかったのだもん。


 あ、そうだ、それなら。


「はい、どうぞ」


 彼は眉を下げて困惑しながら差し出されている食べかけのクレープを凝視している。その目が正気かと物語っているが、今は主人と従者、という改まった関係ではない、……はず。友達や同僚とも違うが、いつもより近づいてもいいのではと僕は勇気を振り絞る。


 チラっと彼を盗み見る。固まったままのリュカ様だ。それをみて残念に思いながら引っ込めようとすると、意を決したリュカ様に主役のかんむりいちごを奪われてしまった!!


「あ! 最後にとっておいたのに!」


 僕が悲しんでいる間もリュカ様はメインディッシュを咀嚼(そしゃく)している。ごくりと飲み込んだ喉仏がセクシーにみえてしまったのは仕方ない。それはそれとして文句をつけようとしたが。


「楽しみにしてろ。ビオラの店はこれ以上だぞ」


 喉がなった。生唾を飲み込んで僕はリュカ様を急かす(せかす)。現金だなんだというがこうしてはいられない!


「まあ待て待て。もう少し町中も楽しめ。せっかくの休日だしな」

「それもそっかあ。じゃあ、……」


 言葉の続きは胸の奥へ。


(もしかして、この関係が進展しちゃったり?)


 高望みな期待をしまい込んで、僕らは再び歩き出した。





「たまには歩き回るのもいいだろ。普段ほとんど屋敷内から出てないよな」

「でもとくにお金も、買いたいものもありませんし……」

「べつに買い物だけが過ごし方ではないだろう。それなら息抜きに大道芸でも()に行くか」


 昔の興行を思い出し、僕は早足でリュカ様を促した。


「はい!」





 数段下がったいちょう型の広場に人だかりができている。大道芸専用のステージではパフォーマーがジャグリングを披露していた。器用に色のついたボックスを並び替えて観客の目を楽しませている。高い場所から見下ろしていると、高く上げた箱の間を縫うように左右の箱を入れ替える。続いてさらなる大技を繰り広げていく。


「箱が増えた!?」

「すっかり夢中だな。お、パス回しするらしい」


 リュカ様の言った通り、ソロで演じていた人のそばへもう一人の演者が歩み寄った。ふたりの連携のとれたパスとキャッチ、時折思わぬ模様へと箱が変じたりと客の目を楽しませる。光る箱にはさぞ腕のいい職人が関わっているのだろう。リュカ様はうなりながら芸人そっちのけでシガーボックスを凝視している。


 続いて現れたのはクラウンの女性だった。道化姿でコミカルなパントマイムを披露する。おちゃめな性格を表すように、ポカをやらかす道化を人々が助けようと応援の声を飛ばしている。


 そんなクラウンがカバンを開けると――これはパントマイムではないようだ――なんと中から風船が飛んでいってしまった。慌てて飛んできた風船をキャッチすると、風にのって流れてきたそれすら進行の一つだったようで、捕まえた僕がステージに招かれる。


「いってこいよ」


 リュカ様に背中を押されて、僕はステージへ。人前にドキドキしながらたどり着いた特等席。僕らをみるちいさなこどもは目を大きくしてクラウンの様子をみている。


 クラウンのそばに寄ると改めてありがとう、とお辞儀をした。彼女は周囲に手を広げておおげさな挨拶をひとつ。それからお詫び(わび)とお礼にアートをプレゼントしてくれる、らしい。


 クラウンが細長いピンクの風船をねじり始めた。ギュルギュルと、ひねる度に窮屈そうな音が鳴った。なにを作っているのか予想を立てる観客。にぎわう場、振り返るとリュカ様はしんしに僕の方をみていた。うなじが熱をもった。


 パキュン!


「え!?」


 割れた!? とびっくりして振り返るとクラウンがくすくす笑っている。どうやら似たような音がする楽器で僕や観客をおどかしたらしい。現にバルーンはあとひとひねり。最後に耳を作ると、完成だ。


 僕はその風船を喜んで受け取る。


「いい土産になったな」


 犬型のバルーンアートを抱えながら次なる音楽隊の演奏に酔いしれた。春を喜ぶ農家が女神へと捧げた(ささげた)という歌はひだまりを感じるこの場所で、きもちいい眠気を誘った。きらきらした陽光に照らされながら、音に身を委ねて、目を閉じる。


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