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九話 とある村の奇病


「閣下、いい加減にしてください」


 パシン、と何度目か、仮面を尻尾で叩き落とされたサリアは相棒のトカゲを睨んだ。普段通りの黒いローブ姿だ。


「ひっそりと生きると決めましたけど、このローブと仮面は欠かせないんです。万が一、人に会ってしまっても大丈夫なように対策はしておかなくては」


 サリアは仮面を拾いあげ土を払って付け直した。


「私だって不気味なのはわかっていますよ。こんな仮面を付けて黒いローブを着た人間と夜の森で出会ったらと思うと、想像するだけで悲鳴を——」




「うわあぁああぁああっ!」




 突如、近距離から少年の絶叫が聞こえて、サリアは驚き周囲を見回した。

 塔を抜け出てひっそりと生きていくと決めたサリアは、ひとまず拠点を作るべく森の中を彷徨っていたのだが、まさかこんな真夜中の暗い森の中に人がいるとは思わず、慌ててしまう。


 さっそく誰かを害してしまうかもしれない。

 仮面とフードを押さえ急いで身を隠そうとすると、ガサガサと茂った草を踏み分ける音がして、悲鳴の主と思しき少年が右手から現れた。


「み……みつけた、ぞ、魔女だな!」


 震えながらも棒切れを構えこちらに向けた少年は、怒りをぶつけるように叫んだ。


「お、俺たちの村に掛けた、の、呪いを解け!」


「の……呪い⁈」


 少年の発言にサリアは激しく動揺する。

 見ず知らずの、暗すぎて未だ顔も認識できない少年を知らぬうちに呪ってしまったというのか。

 それどころか、この少年の村ごと呪ってしまったというのだろうか。


「そんな、もしかして呪いが強く……やっぱり生きたいだなんて間違って……」


「呪いを解けぇっ!」


 狼狽えるサリアを目掛けて、少年が棒切れを振り上げて向かってきた。

 逃げるのが遅れたサリアに棒が振り下ろされる……と思われた直前で、少年は急に勢いを無くしてサリアの側にしゃがみ込んだ。


「ゴホッ、ゴホゴホッ、ゲホッ」


 激しく咳き込み苦しそうにして少年は蹲る。

 身構えていたサリアも一向に治らない様子が心配になり、そろそろと近づいた。


「だ、大丈夫?」


「ゴホッ、お、前が!」


 少年はまた棒切れを振り回そうとしたが、すぐにゲホゲホと咳込んだ。酷く苦しそうだ。


「……ちょっと、待ってて」


 サリアは辺りを見回して近くに生えていた植物の葉を数枚毟ると、それを両手でグシャグシャと揉んで少年の顔近くに持っていった。


「咳止め薬に使われるハーブなの、吸い込んで」


「うっ、ゴホッ、何こ……ゔぁっ」


「本当は薄めて使うから、そのままだと香りがキツ……ぅぐっ……んだけど、きっと楽になるから」


 鼻の奥が痛くなるほどのスースーした清涼感と強烈な青臭さに二人して苦しみながらも、何呼吸かするうちに少年の咳が治まってきた。


「はぁ……はぁ」


「良かった、楽になった?」


 そう問いかけると、少年は涙目でサリアを睨みつけた。


「……なんで助けるの? あんた、そんな怪しい格好して真夜中に森にいて、魔女じゃないの?」


「魔女……と言われたらそうですね。魔術をかじっておりますし、でも、だからこそ助けました。魔術とは人を助けるためにありますから」


「……呪ったのあんたじゃないの?」


「の、呪ったって……そんな、初めてお会いしたのに、そんなことは」


 今ようやく顔が見えたのだから呪ってなどいないはずだったが、自信を持って言えないところが不安で堪らない。

 サリアがもしかしたらと疑念に駆られ始めていると、少年が、はぁーっと深い溜め息を吐いた。


「……そっか、違うんだ。ごめんなさい急に襲い掛かったりして。思わず叫んだくらい不気味で怪しかったんだもん、てっきり」


 少年は急にしおらしくなって謝罪するとそのまま項垂(うなだ)れてしまった。

 そのあまりの落胆ぶりに、サリアも放って去ることは躊躇われる。


「呪いって、どういうことなの? 魔女って?」


「村におかしな病気が流行ってるんだ。さっきの俺みたいに咳が止まらなくなって、悪くすると物も食べられなくて衰弱する」


「まぁ……お医者様は?」


「村の医者にも、街の医者にも、治療術師にだって診てもらった。だけど原因がわからないって。全員ならまだしも働き盛りの若い男が中心に罹るんだ。こんな奇病見たことないって……」


「それで、呪いだと?」


「そうとしか思えないから。それに俺見たんだ! この病が流行る前、普段見かけたことない女が村の人の中に混じってて、この森に消えていくのを!」


「……だから一人でこの森に? 他にその女性を見た人は?」


「誰も憶えてないって。ちょうど魔獣退治に討伐隊を率いて王太子殿下が直々にいらっしゃってて、歓迎も派手で人の出入りも多かった時期だから」


「えぇっ⁈ この辺り魔獣が出るの⁈」


 元より治療術師志望であり、呪いの研究に明け暮れていたサリアは戦闘魔術に自信がない。

 この森で暮らすのは危険だと震えると、少年が笑った。


「魔獣を従えてそうな怪しい格好してるのに、面白いねお姉さん。そっちこそ、なんでこんな時間に森にいるの? この辺の人……じゃないよね」


「……た、たまたま、ちょっと遠くまで散歩してみようかなって思ったら、ま、迷っちゃって……」


 自分でも苦しいと思う言い訳に少年が疑いを深めないかと心配したが、彼は意外にも、ふぅんと言って立ち上がっただけだった。


「まぁ、深くは聞かないよ。俺だって呪いだなんておかしな話してるし。とにかくここはまだ魔獣の残党がいるかもしれないし、悪い魔女もいるかもしれないから早く帰った方がいいよ。じゃあね」


 少年はそういうとくるりと背を向け戻って行こうとした。

 その意外過ぎる反応に、サリアは思わず聞いてしまった。


「ま、待って! 私の言うこと信じるの? こんな怪しい見た目をしてる、得体の知れない余所者なのに」


 すると少年は振り向いて笑った。


「だって助けてくれたし。何より肩のトカゲがずっと俺を威嚇してあなたを守ろうとしてたから。生き物に好かれる人は良い人だからね」


 じゃ、と言って少年は再び背を向け木の陰に消えた。

 ガサガサと夜のしじまに下生えを踏み分ける音が響き、段々と遠くなる。


 サリアはその音を聞きながら少年が消えて行った暗がりをしばし見つめていたが、そっと閣下を一撫(ひとなで)すると、暗がりに向かって大きな声で呼びかけた。


「ねぇ! 紙、持ってる?」


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