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七話 追放


『怨むのなら君のお父上を怨むのだね』


 ガタガタと揺れる真っ暗闇の中、男の声だけが響く。


『欲深な男の(むすめ)に生まれなければきっと君もまともな道を歩めただろうに。なぁ、サリア嬢』


 何故、父の話が出てくるのだろうとサリアは何も見えない暗闇の中で思った。

 今、自分は人を呪い殺そうとした罪を問われ、覆いで囲われた馬車で運ばれ国外に追放されようというのに。


『今回のことは何も君だけのせいではなかろう。父親が責任を持って、呪いなどという忌まわしい魔術に傾倒する娘を止めていれば良かったんだ。それをしなかったどころか王子殿下を呪わせて婚約にこじつけ、意のままに操ろうとしていたなんて半分以上は君の父親のせいだ』


 父は関係ない、と反論しようとしたサリアだったが、すぐにそんな気力も失われる。もう何を言っても仕方がない。


『だがな、感謝することもあろう。本来なら君は処刑が相当であったが、父親に人生を狂わされた哀れな娘ということで情状酌量を得て国外追放処分となった。即時処刑を免れて不幸中の幸いだな』


「……家族は……父はどうなりますか」


『父親思いなことだが、気にすることはない。君と同じく追放か、あるいは……何にしても地位は剥奪されて宮廷に居場所はない』


「……そうですか」


 サリアが呟くと、ガタンと大きく揺れて馬車が止まった。ほどなくしてガチャガチャと音がして扉が開く。


「出ろ」


 馬車を下りるとそこは真っ暗な森の一角で、目の前には堅牢な印象を受ける寂れた塔が建っていた。

 移動の体感時間からいうと国境となっている森の中だろうか。

 こんな場所があるとはと思っていると、兵士が塔の入り口、鉄の格子戸を開けた。


「入れ」


 抵抗するのも無駄なので、言われるがまま大人しく中に入ると、入るなりガシャンと戸を閉められてしまった。


『追放と聞いて自由があると思ったかな。罪人にそんなものは与えられやしないぞ。特に君のような魔術師の、それも呪いに精通した者など野放しにしては危険極まりない』


 馬車の中で聞いた声が、兵士の一人が手にしている水晶玉から聞こえた。


『ここはかつて悪しき魔術師を捕らえ幽閉していた場所だ。しかし残念な知らせだが、今も昔も誰も世話にはやって来ない。床に紋章があるだろう? 君ならそれが何かわかるはずだ』


 サリアは床に描かれた紋章をみつめた。

 所々欠けた石造りの床一面に、血のような赤黒い色で二つの異なる紋様が描かれている。


「……魔封じと衰弱の呪い、ですね」


 二種類の紋章を読み解くと、男が素晴らしいと感嘆の声を漏らした。


『一瞥しただけで判別するとは、君は紛れもない才媛だ。その通り、その紋章はこの塔に閉じ込めた者の魔術を封じ、徐々に衰弱させて死に至らしめる呪われた魔術だ。ここに入ったが最後、無力となった魔術師に逃げ出す術はない。聡明な君にはわかるな、幽閉とは名ばかりでここはそういう場所だ』


 水晶玉の中で男が愉快そうに低く笑った。


『全ての罪を被って、ここで人知れず朽ちてくれ。呪われた哀れな仮面の魔女よ』


 男がそう言って笑ったきり音声が途切れると、兵士が格子戸の隙間から何かを捻じ込んで寄越した。

 バサッと床に落ちたものは、サリアのローブと仮面だった。


「呪いの魔女の死装束には丁度いいだろう」


 乾いた笑いをあげると兵士達は去って行った。


 一人残された冷たい塔の中をサリアは見回してみる。

 窓はなく、格子戸から入り込む月明かりに頼るしかないので、崩れかけた階段以外は暗くてよく見えない。

 けれどその階段下の影になっている場所に、転がる棒切れが見えた。

 罪人を命尽きるまで入れておく場所と言っていたのだ、ならばあれは棒ではなく恐らく。


 そう思ってサリアはその場に頽れた。


「うっ……ううっ……」


 何もしていないのに、していないはずなのに。

 誰にも信じてはもらえないし、自分でも自分を信じられない。

 呪おうなど一切思ったことがないのに呪ってしまう自分が忌まわしくて堪らずサリアは泣き伏した。


 この現象さえ解明出来れば人並みに生きられると、希望を持って研究に明け暮れた日々になんら意味はなかった。

 そんな希望を持つことも許されてはいないほど危険な存在だったのだ。

 息をして瞬きをして、ただそこにいるだけで人を呪ってしまう、呪われた存在だったのだから。


 あの舞踏会において人を呪ったのかどうかの真偽は未だ己にもわからない。

 しかし呪ってしまう事実がある自分自体がもう罪なのだ。


 だからここで独り朽ち果てる。

 もう誰も呪わないように。


 それが呪われた存在に相応しく、そして正しい在り方だ。



 自分という忌まわしい存在が辿るべき結末を理解して、全てに絶望したサリアは床に伏したまま緩やかに移動する月明かりを眺めた。

 これをあと何度眺めればこの生が終わるだろうかとぼんやり考えていると、ゴソッと、投げ入れられたままにしていたローブが動いた。


 反射的にローブに目を移すと、無造作に放られているローブには、その中を何かがゴソゴソと這い回っているような小さな膨らみが出来ていた。


 膨らみは右へ左へ行っては戻り、やがて手前へ真っ直ぐ向かってきたと思うと、襟の部分からぴょこんとその正体を現した。


「……レプティ閣下!」

 

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