六十三話 応酬①
「サリア——っ!」
大きな暖炉の前に向かい合わせで置かれている対の長椅子の片方に掛けていたクリスは、入室したサリアに気づくと腰を浮かせかけた。
だが後ろに続くトカゲを認めると、すぐさま険しい表情を作った。
いつも柔和なクリスもこんな顔をするのかとサリアは少々驚いたが、無理もないかと背後を横目で見やる。
クリスはドレイクのこの姿が呪いのせいであるという事情も知らず、見慣れてもいないのだ。警戒するのは当然だろう。
ドレイクの方も同じように険しい表情を作っている。
クリスが内密に訪問した真意がわからずこちらも警戒しているのかもしれない。
どちらの気持ちもよくわかる。
だが、些か警戒が強いというか、互いに厳しく睨み合い敵視しているかのような空気を醸していて沈黙が重い。
迂闊に声を発しては咎められそうな空気の中、サリアはドレイクと並び、しずしずと空いている方の長椅子へと腰を下ろした。
向かい合うと、クリスとドレイクは牽制しあうようにますますお互いを睨み合う。
どちらとも関わりのある自分が間を取り持った方が良いのだろうかとサリアが気まずい思いをしていると、しばらくしてドレイクが口を開いた。
「クリストファー殿下。先程は狼藉を働いたことお詫び申し上げます」
「……いえ、先に礼を失したのはこちらです。貴国へ事前の打診もなくお伺いし、不躾な真似をして失礼致しました」
互いに謝罪を口にし和んだかと思いきや、二人の表情は硬いままでサリアの緊張は増す。
何故こんなにもピリついているのだろうか。
「さて、貴殿が我が国にいらした事情をお伺いしたいのですが……その前にまずは、気になっておいででしょうから、こちらの事情を先にお話し致します。ご覧のとおりの姿ですが、私はリントワーム王国王太子、クラクス・ドレイク・ティル・リントワーム本人です。現在何者かにかけられた呪いによってこのような人外の姿となっております」
「呪い⁈」
コクリとドレイクは頷いた。
「誠に遺憾ながら、呪いをかけた術者の正体も行方も杳として知れず、また目的も不明です。王家に不満を持つ者、はたまた愉快犯、単独か複数か。本来であれば早急に悪しき魔術師の情報は共有すべきでしょうが、何一つ掴めない中ではいたずらに混乱を招き無用な不安を煽るだけとなります。そこで呪われた事実を伏せ、これ以上の被害を防ぐ為に術者の捜索と解呪を急がせておりました。しかし、恥ずかしながら我が国の魔術師達では未だどちらも叶わず」
「……ご事情は承知致しました」
クリスが頷くとドレイクはサリアへ視線を寄越した。
「進退極まり困り果てていたところ、彼女が。彼女は我が国に不当に入国し、許可なく——」
「サリアが呪ったとお疑いですか」
「いえ。彼女は私の呪いに巻き込まれ苦しんでいた民を救ってくれた恩人です。聞けば呪いを専門に扱う魔術師と。そこで入国に至った事情や違反を不問とするかわりに、解呪に協力してもらっていました。サリア嬢は元は貴国の魔術師であり、貴殿の……旧知の仲ということですが」
「ええ、そうです」
「先程、貴殿はサリア嬢を連れ戻しに来たと仰っていた。今回のご来訪は、彼女が我が国にやって来た理由と関わりがあるのでしょうか」
ドレイクが鋭い視線を向けると、クリスも睨み据えるような視線を返した。空気が一層ヒリヒリとした。
「その通りです。さる事情があり、彼女は幽閉されておりました。しかし、そこから忽然と姿を消してしまった為に、今日までずっと探し続けていたのです」
「……幽閉とは穏やかではありませんね。彼女は何か罪を? こちらは彼女の不当な越境を感知していなかったのですが、探しにいらしたということは貴国はご存知だったのでしょうか?」
あくまで何も知らないという姿勢を取るドレイクに、クリスは急に失笑したように息を漏らした。
「……知らぬふりがお上手だ。事情を全く知らぬわけではないでしょうに。サリアに何も尋ねないとは思えませんし、何より、あの塔から彼女を攫った張本人でいらっしゃるのだから」
塔? とドレイクは呟く。
「攫ったとは、どういう」
「鍵を開けたのは貴方だろう? あの鍵は内側にいた者では開けられない。どうやってあの場に辿り着いたかは知らないが、そこでサリアをみつけた貴方は彼女を見初め、そしてそばに置く為に強引に連れ帰った! そうでしょう?」
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