六十話 胸の中の違和感①
それ程の関係なのだろうか。
胸の違和感が一層大きくなった気がして、ドレイクは推察をやめ立ち上がった。
「とにかく確認しなければわからないな」
「お待ちください、何処へ向かわれるんです⁈」
「直接話を聞く」
殿下自ら⁈ とヒューバートは、机を離れたドレイクの行く手を阻んだ。
「先日のパーティーといい今日といい、人前にそのお姿を晒して……王太子が呪われてトカゲにされたと知れ渡ったら国の威信に関わるのですよ!」
「竜だと言っているのに」
「どちらにしてもです! 未だこの呪いをかけた魔術師の消息も掴めないのですから、余計な不安を煽ることにもなります!」
「ああ、わかっている」
「わかっているのなら呪いが解けるまでご自重ください! 今日のことも衛士に任せておけば良かったものを……事情を承知しているアダムの配下でしたからこちらは収拾がつきましたが、あの王子にも見られました。他国に秘密が漏れる危険が増したのです。お立場をお考えになってください」
「……ああ、すまない」
指摘の通りだ、軽率だった。
だが、とドレイクは先刻のことを振り返る。
あの時はそんなことを考える余裕もなかった。
サリアの悲鳴が聞こえた瞬間、身体が勝手に動いたのだ。
話し声が聞こえ、橋の上にサリア以外に誰かいるのがわかった直後は、不審に思いつつも身を隠そうとした。
己の姿が異形なことは重々承知しているし、人前に晒せばどうなるかもわかっているからだ。
だが、サリアの叫び声が聞こえた瞬間、そんな意識は微塵も働くことなく身体が咄嗟に動いていた。
彼女を守らなければとそれだけが頭を占めていた。
「わかっている、浅慮だった」
「反省なさっているのなら後はお任せになって、ここで大人しく書類に判をついていてください」
何が目的かも不明な上に、この呪われた姿を見られているのだ、ヒューバートの言うことはもっともだろう。
国家間の問題にならぬよう交渉に長けた者に任せた方がいい。
頭の隅の冷静な部分では自身もそう思っている。
だが未だ熱い頭の大部分は、今なお橋の上から続く感情で満たされたままだった。
「……ああ、わかった」
ドレイクは一旦しおらしく頷いてみせた。
するとヒューバートも満足そうに頷いたので、それを見てドレイクはもう一度頷き返すと、机に戻ると思わせてヒューバートを通り越し扉に向かった。
「え、殿下?」
「お前の話はよくわかった。だが彼には既に姿を晒しているんだ、何も問題ないだろう」
「は⁈」
「話を聞くついでに呪いの件についても他言せぬよう頼んでこよう。王子同士、同じ立場の者であることを鑑みて」
「な……殿下!」
「従者がいたな。お前達はそちらから話を聞くように」
追いかけて来ようとしたヒューバートの目の前で扉を閉めてやり、ドレイクは階下の応接室へと足を早めた。
わかっている。
ヒューバートの進言に従うのが最良だ。
しかし一切を任せてはサリアの身が危うい。
無用な諍いを避ける為、今回の件の不問と引き替えに、我が国は何も感知していなかったとサリアを引き渡す可能性は大いにある。
あの王子は罪人を捕らえに来たように見えはしなかったが、ヴリティアに連れ戻されればサリアの扱いがどうなるかはわからないのだ。
彼女を連れ帰らせるわけにはいかない。
橋の上で腕を掴まれ連れて行かれそうになっていたサリアの姿が、ずっと脳裏に焼き付いている。
あの光景を思い出す度に、胃の辺りが逆巻く炎に焦がされるような熱さを感じて強く思う。
連れてはいかせない、と。
吹き抜けの階段に差しかかったドレイクはそこで、ふと足を止めた。
何故こんなにも必死になっているのだろう。
自身の立場と責務を考えたなら、これが最良でないことはわかりきっているのに。
今も、先程も、先日のパーティーでだって。
自ら人前にこの姿を晒すようなことをしてまで、彼女のことになるとどうにも冷静さを欠いた行動をとっている気がする。
「……どうしたのだろう」
ドレイクは変わり果てた自身の足先に視線を落とした。
判断力までトカゲになりかけているのだろうか。
自身の行動に戸惑いながらも階段を下りだすと、階下の踊り場から声をかけられた。
「ドレイク様!」
不安そうに両手を握り合わせたサリアがこちらを見上げていた。
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