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五十九話 再会②


「サリア、良かった。無事だった」


「クリス様……? どうして——」



 泣き出しそうなのを堪えるような表情を見せるクリスに、サリアはわけが分からず混乱する。


 ここはリントワームの宮廷内だ。

 そこに他国の王子がいるわけがない。

 ましてや人払いをしてあるのだ、ここには誰も立ち入れないはず。


 それなのに、どうしてこの人はここにいるのか。

 ここにいていいはずがないのに。


「探していたんだずっと……こんな所にいたなんて。でも無事で良かった。さぁ、一緒に帰ろう」


「探していた……帰るって、私は——」



 帰れるわけがない、犯罪者なのだから。



 自身の境遇を思い出したその時、不意に掴まれていた腕を引かれて手にしていた仮面が地面に落ちた。


 石の地面が硬く冷たい音を立てる。


 薄氷を砕いたかのようなその音を合図に、それまで状況が飲み込めず現実感のなかった世界が、急速に収束していき輪郭をはっきりとさせた。



 目の前にクリスがいる。


 仮面を外した自身の正面に。



「——だめっ! 見ないでっ!」



 ゾッと、背筋を怖気が駆け上る。

 呪ってしまう恐怖に一気に襲われたサリアは、髪を振り乱し悲鳴のように叫んだ。


「サリア、もう大丈夫。帰れるん——」


「呪ってしまう! 離れて!」


 怖い。

 また呪ってしまったら。

 今度は過呼吸程度では済まないかもしれない。



 顔を背けて逃れようとするもクリスの手は腕を掴んだまま離れない。

 振り解こうと抵抗したその時、そのクリスの腕を鋭い鉤爪のついた人外の手が掴んだ。



「手を離せ! 貴様何者だ! 誰の許可を得てこの場にいる⁈」



 石橋の上での騒ぎに気づいたドレイクが、サリアの叫び声に弾かれたように駆けて来ると二人の間に身を割り込ませ吠えた。

 怒りに歪ませた大きな口からは尖った歯を見せ、剥き出しのギョロついた瞳で威圧するように睨みつける。


「——! ト、トカゲ⁈」


 およそ人ではない異形の者の威嚇に驚いて、クリスはサリアの腕を離して後退った。


 すかさずドレイクはサリアを背に庇う。


「まさか魔獣⁈」


「王宮の者ではないな。何者だ!」


「し、喋ってる……⁈ 一体、何……——! サリア! 危険だ離れるんだ!」


 魔獣としか思えない異形な者のすぐ側にサリアはいる。

 慌てたクリスだったが、サリアは逃げ出すそぶりも見せずその者の背に縋るようにして身を縮めていた。


「……サリア?」


 窺うようにクリスが一歩踏み出すと、立ちはだかるトカゲは警戒を強めてサリアを完全に隠した。


「何者かと聞いている。この場に来た目的は何だ」


「何者か……? 僕は彼女の婚約者だ」


「婚約者……」


「そうだ。攫われた彼女を連れ戻しに来たんだ」


「攫われた、だと?」


「ずっと探していたんだ。お前こそ、その異様な姿……人間なのか?」


 橋の上で両者は睨み合う。

 遠くから楽しげな声が聞こえる長閑な庭園の一角のはずが、この場だけ切り離されたように冷たく緊張感に満ちた空気が流れた。



 そこへバタバタと近づいてくる足音がしてきた。


「こら! そこの者! ここは立ち入り禁——ひぃっ⁈」


「トカゲ⁈ ば、化け物!」


 クリスを追ってきた衛士がドレイクの姿を認め、狼狽えた様子で手にした槍を向けた。

 それを鋭く睨みつけると、ドレイクは厳しく叱りつけた。


「警備の者か、どこの隊の所属だ! 部外者に侵入を許して何をしている!」


「——は⁈ ま、待て、今のお声は」


「ニーズヘッグ隊のマントに胸の徽章……も、もしや」


「ク、クラクス王太子殿下……で、いらっしゃいますか……?」


 衛士のまさかといった震え声に、クリスも驚いて大トカゲを見上げた。

 この化け物が、リントワームの王太子だというのか。


 すっかりフードもはだけ頭の角まで晒したトカゲは、三者の視線を受けてどこか覚悟を決めたように一つ息を吐くと、衛士に向き直った。


「そうだ。お前達、処分は覚悟しておけ。だが、まずはそこの侵入者の身柄を拘束しろ。それから、ヒューバートをここに」

 


 ♢

 


「サリアはどうだ、落ち着いたか」


「ええ、しきりに王子殿下のご体調を気にして随分取り乱していましたが……どうにか。無理もありませんか。あの侵入者はやはりヴリティア王国の第二王子クリストファー殿下で間違いないようなので」


 あの騒ぎの後、一旦執務室へ戻ったドレイクはヒューバートの報告にひとまずホッと息を吐いた。

 侵入者もとい隣国の王子と顔を合わせてしまってから、サリアは非常に怯えた様子だったので部屋で休ませているのだ。


 おそらく彼が呪ってしまう相手だったのだろう。


 サリア自身、呪いのことを彼の前で口にしていたし、彼もまた人前では常に黒ローブと仮面のはずのサリアの素顔を知っていた。

 それほど近しい存在だったということだ。


「……婚約者」


 彼の放ったその言葉が何故か耳に残って離れない。

 サリアに婚約者がいてもおかしいことではないのに、すんなりと呑み下せない違和感のようなものがずっと心に居座ったままだ。


「しかし、クリストファー王子が我が国に、それも内密に訪れた理由はなんでしょうか」


 胸の内につかえる物が何であるか考えていたドレイクは、ヒューバートの言葉に意識を引き戻す。


「サリアを探していた、連れ戻しにきたと言っていた。それに攫われたとも」


「攫われた? どういうことでしょう。確かサリア嬢は幽閉先を自ら脱走したと」


「発言の真意は不明だ。ただ、言葉どおりならサリアが目的ということだが」


 そう見解を述べると、ヒューバートは低く唸った。


「……先頃ヴリティアで宮廷魔術師が数名、突如除籍されたようだとの報告が入ってきております。委細は未確認ですが、王女殿下に絡んだ人事だとか。これがもしもサリア嬢の脱走と関連していた場合、厄介です。サリア嬢の件は我々は知らないことになっていますが、事実匿っているこの状況下でヴリティア側が攫われたと認識しているとしたら、余計な火種になりかねません」


「サリアを逃した懲罰人事ということか。攫われたというのは罪人に逃げられた失態を隠す為の方便か、それとも……。いずれにしても、王子自ら罪人を連れ戻す為に単身乗り込んでくるとは考えられない。何か他に目的——」



 いや、どうだろう。



 頭の隅の方を絵本の騎士の姿が過ぎった。


 確かにあの王子の様子は罪人を捕らえようとしている風には映らなかった。

 むしろサリアを気遣う様子は、囚われた婚約者を救い出しに来たかのようであった。


 彼はもしや、ヴリティアの王子として罪人を捕らえに来たのではなく、ただサリアの婚約者として彼女を心配し探しに来たのではないだろうか。


 そうして誰よりも先に彼女を見つけ出し、他に気づかれることなく逃すか匿うかしようとしていたのかもしれない。


 自身の立場も責務もかなぐり捨てて、ただ愛する人の為に。


お読みいただきありがとうございます!

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