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五十八話 再会①


「今日はなんだかお庭に人が多いですね」


 定例となった温室でのお茶に向かう途中、ふと庭園内に人が多く見られることに気づいてサリアは石橋の上で足を止めた。


「以前話しただろうか。今日は月に一度の図書館の開放日なんだ。庭園も一部立ち入れるようになっている」


 そういえばそんな話を聞いた気がする。

 生垣を越えて遠くの方に見える図書館のテラスには、言われてみれば人影が多い。


「今日がその日だったのですね。たくさんの方がいらっしゃっています」


「皆楽しみにしてくれているようで毎回大勢が訪れてくれる。こちらとしても国民と交流する機会となって喜ばしいことだ」


 ドレイクは図書館の方をみつめてそう微笑んだ。


 ヴリティアでは一般の者が王宮内に入ることなどまずない。

 だがリントワームは、サリアが呪いを解いたあの小さな村にまで王太子自ら魔獣退治に出向くことでもわかるように、国民との距離が近いようだ。


 もしかしたらこの姿になる前は、図書館へ出向いて交流していたのかもしれない。

 だが今は、とサリアはドレイクへ振り返った。


 今のドレイクは外套のフードを深く被って隠してはいるものの、鱗で覆われた鼻先が突き出ている。

 この姿を現しては交流どころではないだろう。

 鱗の肌にギザギザの歯、ギョロついた眼と鋭い鉤爪は、何処からどう見てもトカゲなのだから。



 そう、トカゲだ。トカゲにしか見えない。



 先日の慈善団体のパーティーで完璧に姿を隠していたドレイクは人間にしか見えず強く意識してしまったが、仮装を解いたトカゲ姿を目にするとそれも徐々に緩和した。


 けれどふとした瞬間、近距離で聞くドレイクの低い声に仕草に、トカゲだからと深く考えないようにしてきたこれまでの数々が脳裏に過ぎるようになってしまった。


 その度に一人顔を赤くしあたふたとしてしまう。


 仮面のおかげで周りや当人に気づかれることはないが、このままでは普通に話すこともままならなくなりそうで解呪にだって支障が出かねない。

 そうならない為にサリアは今、努めてドレイクをトカゲだと思うようにしているのだった。


「どうした?」


「え? あ、いえ」


 トカゲトカゲとつい呪文のように唱えながらドレイクをみつめてしまっていたらしい。


「そうか、なら行こう。今日は准将殿のお好みの赤身肉を挟んだカスクートを用意させてある」


「まぁ! 良かったですね、閣下」


 サリアが話しかけると、閣下は喜んだように尻尾を振りながらシニヨンの下から這い出て来て、ピョンとサリアの肩に飛び移ろうとした。



「——っ! いたっ——!」



「どうした⁈」


「閣下が髪に絡まって……たまにあるんです」


 短く悲鳴をあげたサリアにドレイクが駆け寄ると、纏めた髪に尻尾が絡まり閣下がぷらんとぶら下がっていた。


「これは大変だ」


「閣下そのままでいてください、今ほどきますから」


 しかし後頭部かつ仮面の視界の悪さで閣下が視認できない。


「仮面を外してはどうだ? 温室の周りは人払いをしてあるし、開放している庭園も城門周辺のみでこちらに人が立ち入ることはない」


「そう……ですね、そうします」


 温室はすぐそこでここにはドレイクしかいない。

 サリアは仮面を外して脇に抱え、ようやく視界の端に入るようになった閣下を摘んだ。


「あれ? 取れませんね……」


 それでも見づらい為になかなかほどけない。

 小さな足指にまで引っかかっていて、無理に取ろうとすると痛めてしまいそうだ。


 もたもたと少しずつ解いていると、その間に絡まりが強まったのか痺れを切らした閣下がジタバタと暴れ出した。


「い、痛……閣下、暴れないでくださ……もうちょっとですから引っ張らないで」


「——良ければ手伝うが」


「あ、ありがとうございます」


 見兼ねて声をかけてくれたドレイクの申し出はありがたい。

 だが安易に頷いてしまったことをサリアはすぐに後悔することになった。


「では失礼する」


 背後に回ったドレイクは、ぶら下がっている閣下をそっと摘み絡まった髪を少しずつほぐしだした。

 鉤爪で傷つけてしまわないようにと気をつけているのがわかる慎重な手つきだ。


 その指先が時折首筋の辺りに触れる。


 その度にサリアの鼓動は大きく鳴った。


「随分と絡まって……痛くないか?」


「は、はい、大丈夫、です」


 ただ閣下を救出してくれているだけなのだから。


 そう思っても、触れるドレイクの指先はまるで優しく髪を梳いてくれているかのように感じられて意識が集中してしまう。


 時折つぶやかれる至近距離から聞こえる声にも、抱きすくめられているようだった先日の出来事がどうしても思い出されて、心音の大きさと速度はどんどん加速し、顔も比例して熱くなっていく。


「あ、あの! ドレイク様!」


 鼓動の早さと大きさがドレイクに聞こえるのではないかと思うくらいになり、限界を迎えたサリアはパッと髪留めに手をかけた。


「どうした?」


「やっぱり、全部ほどいてしまった方が早いかと思いまして……」


「ああ、そうか。その方がいいかもしれないな」


 ドレイクの手が髪から離れて、サリアはホッと息を吐きつつ髪をおろす。

 これ以上は心臓が耐えられないところだった。



 一命を取り止め、絡まった髪をほどいて急いで宙吊りから救出すると、閣下は、遅い! と憤慨したように尻尾をピシャリとサリアにぶつけつつドレイクへ飛びついた。


「怪我はなさそうだ、良かった。サリアも大丈夫か?」


 そう問いかけられたサリアは俯く。

 顔は熱く、鼓動もまだ平常でなく大丈夫とは言い難いのだ。

 もう鉤爪はとっくに離れたのに、まだ首筋に触れた感触と頭の上から降ってくる声が耳に残っている気がしていた。


「サリア?」


「——あ、はい! 良かったです、怪我がなくて!」


「……大丈夫か? 何か様子が」


「だ、大丈夫です! 予想外に奮闘したので、ちょっと……参りましょう! お茶が冷めてしまいます」


「ああ、そうだったな」


 一瞬不審の色を浮かべたが、サリアが微笑んで誤魔化すとドレイクは温室に向かって先を歩き出した。

 顔の赤さには気づかれなかったようだ。



 アイリーンに連れられて行ったパーティー以来、些細なことを意識してしまう。

 二人だけの時間やほんの少し触れ合うようなことがあっても、そこに他意はないのだからなんでもなかったはずなのに。


 ドレイクは人間なのだとはっきり認識したあの日から、ちょっとしたことでドキドキとしてしまう。

 呪ってしまうことを恐れるのとは違う胸のザワつき。

 初めてのことに戸惑いが隠せずサリアは手にした仮面を見つめた。


「なんでこんなに……私どうしちゃったんだろう。平静を保てないなんて解呪に影響しちゃう。落ち着かなきゃ」


「サリア、どうかしたのか?」


「あ! なんでもありません。今参ります!」


 橋の上で足を止めたままだったサリアは我に返り、慌ててドレイクを追いかけようとした。



 その時。



 グンッと後ろから誰かに腕を引かれた。



 ドレイクは自身の先を行き、すでに石橋を渡り終えている。


 ここは人払いをしていて誰も来ないはずだ。


 それなのに腕を掴む者がいる。


 一体、誰だ。



 振り向くと同時に朝日の煌めきが目に入った。

 キラキラと輝くサラサラの金髪だ。


 その髪の隙間から、蒼天の瞳が輝く。


 美しいこの瞳に映り込むのは怖い。

 それはこの瞳の持ち主を苦しませることになってしまうから。



「——サリア!」



 もう二度と目にすることはないはずだった輝く青い瞳に、サリアは驚きのあまり瞬きを忘れた。


 腕を掴み、目の前で空を映し取った瞳を潤ませていたのは、この場にいるはずがない人だった。



「クリス……さま?」


お読みいただきありがとうございます!

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