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五十五話 秘書官の秘密


「どうしてみつからないんだ!」


 読んでいた報告書をティーテーブルに投げ付けて、クリスは感情あらわに叫んだ。

 バサバサと舞う紙の束は無論、サリア捜索の件についてだ。


「国内であの森からこの数日で向かえる範囲は探し尽くしたはずだ。それなのに……どうしてサリアはどこにもいないんだ! やはり攫われてどこかに——」


「クリストファー殿下、どうかお気をお鎮めに……」


「落ち着いていられるか! サリアが消えてしまって足取り一つ掴めないんだぞ!」


「お気持ちはお察し致しますがどうか……。しかしこうなりますと、あの塔周辺の結界が国境の防壁魔術に影響を与えていて、越境が感知されることなく隣国へ渡ったと見る方がよろしいかと」


 隣国、と呟いてクリスは肘掛け椅子に座り込んだ。


「リントワーム……戦争を終結させた連合国の中心であり魔術憲章の制定に関わった大国の一つ。魔術師の管理には厳しいと聞く。もしサリアが入国していたとしたら、どうなる?」


「不法入国が露見すれば捕縛されるでしょう。特に出自の知れない胡乱な魔術師となればその扱いはより厳しいものに」

 

 クリスが苦渋に満ちた表情を浮かべると、秘書官は安心させるように首を横に振った。


「今のところは不穏な話は聞こえてきません。我が国に問い合わせが来るようなことも」


「……そうか」


「ただ……その……」


 ひとまず息を吐いたクリスだったが、秘書官の含みのある態度にすぐに不安に襲われる。


「なんだ? どうした」


「いえ、その……」


 何かを躊躇うように口籠もっている秘書官の姿は、普段の彼とは明らかに違う。


「どうした……? まさか、サリアに何か……」


「いえ、そういったわけではないのですが」


 そう言って秘書官は一つ息を吐くと意を決したように顔をあげた。


「クリストファー殿下。本来であれば私が先週休暇を頂いていたことはご存知でしょうか」


「ああ……そうだったな」


 頷きながらクリスは合点した。


 彼は本来であれば数日前から一週間、休暇を楽しんでいるはずだったのだ。

 しかしサリアの一件があり、休暇を返上して奔走してくれている。


「すまなかったな、気づかず。遅くなったがしばらく休んでくれて構わない。伏せる必要もなくなったんだ、サリアの件は別の者に——」


「いえ、休暇はもう不要でございます。意味を成さなくなりましたので。申し上げたいのは、私がその休暇中に何処へ出向こうとしていたかということです」


 クリスはランプに照らし出された自身の影に目を落とし、少し考える。


「たしか、支援している慈善団体の活動に参加する為と」

「はい、その通りです。世界オニキス財団という慈善団体で、数日前に年に一度の会合が行われ私はそれに参加する予定でおりました。その開催地がリントワームだったのです」


「リントワーム……」


 クリスがそう繰り返すと、それまで落ち着き払っていた秘書官が急にスイッチが入ったように興奮気味の早口になった。


「そうです。財団所有の会館の中でもリントワーム国内のものは最大級。おのずと参加者も例年より多く、また気合も入るというもの。今回の会合に照準を合わせ、一昨年から準備に準備を重ねて出入国申請から旅程まで早々に報告を済ませ憂いを無くし、衣装も入念に仕上げて備えてきたのに——なんという不運! 出国どころか休暇にすら入れないとは! 万全の状態で参加できるよう前後合わせて一週間も休暇を取得したというのに! 私のこの二年間の苦心は一体何の為だったというのか!」


 秘書官の突然の変貌にクリスは驚きを通り越して少々怯えてしまい身を竦めた。


「そ、それは、すまないことをした……お前がそれ程まで慈善活動に熱心だったとは……。と、ところで衣装とはなん——」


「ああーっ! 楽しみだったのに! 一月前から眠れないくらいには楽しみだったのにぃっ! 華やぐ乙女と高貴なる宝石達と語らいたかったこの熱情。味わいたかったあの一体感。そして見たかった……完璧なオニキス。例年オニキスに扮する者は多かれど、原作において描かれる宝石オニキス特有の縞模様が浮かび上がるスタイリッシュな黒いマントと帽子は再現が難しく、結局野暮ったいストライプのようになってしまっている残念な者が続出する。そんな中、見事に細く緩やかな線で黒瑪瑙の如き縞模様を描き出したマントを着こなし、原作どおり深い青色が輝く双眸だけを覗かせた誰が仮装しているかも定かでないほど完璧に素性を隠したまさにオニキスが現れたと聞いては……参加できなかったことが悔やまれてならない!」


「お、おにき……? 何を言って——」


「やはり主力仮装グループ〈無垢なる乙女〉の衣装、中でもアイリーン嬢の作品は群を抜いて素晴らしい。原作への愛と世界観、人物への理解度の高さが段違いな上にそれをさらに細部にまでこだわって衣装へと落とし込み丁寧に作り込んでいるのだから。その上今年は余興に寸劇までご用意される気配りまでお見せになったそうで……役者のテンションがチグハグでコメディ寄りなのかシリアス寄りなのか謎な内容だったそうですが大いに盛り上がったと。ああ、この目で見たかった。共有したかった。心の底から参加したかった——」


「ど……どうしてしまったんだ一体……作品とか寸劇って何なんだ」


 見たことのない秘書官の姿にすっかり怯えたクリスがか細い声を漏らすと、秘書官はようやく思い出したように主君へと振り返った。


「失礼致しました。私としたことがついこの数日間渦巻いていたやるかたない憤懣が口をついて……。クリストファー殿下、つまり申し上げたいのは、私が参加出来なかったその大仮装パーティーの参加者についてでございます」


「……待て、慈善団体の会合じゃなかったのか。仮装パーティーってどういうことだ」


「会合については長くなりますので詳しいことは後ほどご説明申し上げます。それよりも今お伝えせねばならない大事なことはその会合に、いらっしゃったということです」


「……何がだ」


「毛先に向かってピンクのグラデーションがかかったミルキーブロンドを持ち、仮面をつけている女性が」


 ガタッと傍らのティーテーブルを倒しかけながら、そこまで聞いたクリスは椅子から立ち上がった。

 声もなく、見開いた青い瞳でじっとみつめると、秘書官は頷いた。


「仮面の乙女は多々おります。しかし斯様な髪色の乙女は作中におらず、あえて染める者もいないでしょう。定かではありませんが、私はその女性がサリア様である可能性が高いのではと思っております」


「サリアが……リントワームに? しかしだとしたら何故そんな場に……」


「罪人とされたサリア様のお立場で自ら大勢の場に出向くとは考えられません。理由や経緯は不明ですが、やはりあの塔からサリア様を連れ出した者がおり、今はその者と行動しているからと考えるのが自然ではないでしょうか」


「誰なんだそれは」


「それに関してですが、先ほど申し上げました無垢なる乙女のアイリーン嬢は実はリントワーム王家の傍系の血筋、キャンディール公爵家のご令嬢でいらっしゃいます。会場の会館も元は公爵家の所有物をご寄付くださったもので、アイリーン嬢を中心にキャンディール家はオニキスへの愛で財団を——」


「その公爵家の令嬢がサリアを⁈」


「……いえ、余計な話でした失礼致しました。そのアイリーン嬢が当日ご企画なさった寸劇に、サリア様と思しき女性がご参加されていたのです。そして傍らにもうお一方協力していた者がおり、サリア様と連れ立っていたそうです。過去最高の出来で完璧なオニキスに扮していたその方の素性は知れません。しかしアイリーン嬢は嘘か誠か寸劇の設定か、自身の婚約者だと仰っていたそうなのです」


「アイリーン……キャンディール公爵家……婚約」


 どこかで聞いた覚えがある、とクリスが口許に手を当てて記憶を辿る中、秘書官が続ける。


「それが本当であるならば、サリア様がリントワーム国内で罪に問われることなく自由にパーティーに参加出来ている理由にも説明がつくのです。サリア様の傍らにいらしたその方は」


 秘書官がその名を告げようとしたその時、一瞬早く答えに辿り着いたクリスは大きな声で叫んだ。


「リントワームの王太子! クラクス王子か!」


お読みいただきありがとうございます!

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