五十二話 秘密の乙女クラブ③
しん、と会場から音が消え、周囲の盛り上がり熱を帯びていた空気も幾分か冷えたような気がした。
サリアものぼせた気持ちが一気に冷えて、心なしかアイスを急いで食べた時のような頭痛を覚えだす。
それくらい空気を一変させたほど、ドレイクの発した言葉は恐ろしく棒読みだった。
「少々遅レテしマター許シテほしー」
その上、何故かカタコトである。
恐らく衣装の出来がかなり良いのだろう、なりきり度合いに期待の目を向けていた様子の周囲の者達も、気まずそうに視線を逸らしだす。失笑すら聞こえてきそうだ。
普段のドレイクの振る舞いから考えてもあまりに落差のある酷いセリフ回しに、サリアも身体の力が抜けてしまった。
と、そこで思い出す。そうだ演技だ。
咄嗟にアイリーンを見ると、ドレイクのセリフに苦笑する一団の中で、額に手を当て首を振っていた。
しかしサリアの視線に気づくと小さく指でサインを送ってきた。
〈つ・づ・け・て!〉
これにGOサインが出るのかと内心驚きつつも、その為に来たのだサリアも腹を括るしかない。
「オ……オニキス様! お待ちしてお、おりましたわ」
「オオー愛シの我ガ乙女ー一人ニしテ悪カター」
サリアもぎこちなく応じると、輪をかけて酷い棒読みセリフが返ってくるので思わず笑いそうになってしまう。
仮面があって良かったが、既に周囲からは笑い声が漏れてきていて、サリアが笑おうが笑わなかろうがフランクにだって芝居とバレよう。
しかしアイリーンはそれでもいいらしい。
「——ああっ! そんな! あなたはまさか私の婚約者のクラ……ーク様⁈」
大袈裟な動きで驚きを表現してみせて、ド下手な劇団員達の間に悲劇のヒロインとして参入してきた。
「君ハー」
「そうですわ! あなたの婚約者のリーンですわ! どういうことですのクラーク様、どうしてこの女性と一緒にここへ⁈」
「ソレはー」
「どういうことですのペチュニアの乙女⁈ 確かに恋人もオニキスのファンでいらっしゃるなら是非ご一緒にとお誘いしましたわ。それなのにどうして私の婚約者が——!」
ハッと甲高く息を呑む音を響かせて、アイリーンは大きな目を零れ落ちんばかりに見開いた。
「あなた方……恋仲でいらっしゃるの……⁈」
皆余興とわかってクスクスと笑い声の聞こえる中で全力のこの演技なのだから実に役者である。
「そんな……そんなことって——」
サリアもアイリーンの女優ぶりに呆気にとられていたが、視線で指示が飛んできて慌てて気を取り直す。
「お、オホホホ、そういうことでして、よ、フリージアの乙女。私とクラーク様は愛……愛しあっていますのよ。貴方なんかよりも、もっとずっと! ね!」
「——っ! ペチュニア……私とクラーク様の関係を知っていてわざと私に近づいたの? 酷いわ、どうして」
「愚問ダなー。全テハ君ニー我々ノ関係ヲ知らシメー承諾サセるタメダーよ」
「承諾させる……?」
「婚約ノ解消をナー」
「こ、婚約の解消⁈」
そうだ! とマントを翻し片腕を広げたドレイクは、関節に油を注した方がいいと思うほど動きまで固くなっているから面白い。
「見テワカるダろうー私ハぺちゅにあトイウー真ニ愛すル女性ト出会テしまタンダー君ニハもう愛ヲ誓エナいーコノ婚約ハ破棄すルー」
「破棄だなんてそんな! 私は……」
「お、追い縋るだなんてはしたないこと、麗しき乙女はしないものよアイ……フリージアの乙女。愛する者同士が結ばれる。それは自然で尊いことで、しょう? 邪魔者は静かに退場するべき! よ!」
酷いわ! とアイリーンは床に頽れ、ここぞとばかりに悲劇のヒロインぶりをアピールした。
完全に芝居と露見しているのでフランクがこの後告白してくるとは思えないが、一先ずアイリーンの望みは叶えた。
最後のセリフを言い終えたことで後は去るだけとなり、サリアは仮面の裏でホッと息を吐く。
ところが、フランクが割って入ってくるのを信じてやまないアイリーンは、未だ訪れないクライマックスに向けてダメ押しとばかりに両手の人差し指をくっつけて更に指示を出してきた。
〈勝ち誇ったように抱き合って、悪役ぶりをアピール〉
「抱き合っ——⁈」
過激な指示に思わずドレイクを見上げると、彼もまた狼狽えた目をしてサリアを見ていた。
そんなこと出来るわけがない。
だが愛すべきだった人へ最後に示す贖いであるのだ、やらねばならない。
そんな葛藤が浮かんでいる。
サリアにしても、例え演技でも男性と抱き合うなんて考えられないし、ましてや今日はドレイクのことを強く意識してしまっているのだ出来ようはずもない。
執拗に指示が飛んでくる中、二人して動くことが出来ず顔を見合わせていると、突然背後のテーブル脇に立っていた女が声を上げた。
「話は聞かせていただきましたわぁ!」
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