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五十一話 秘密の乙女クラブ②

 大丈夫、大丈夫と、ドレイクの言葉を反芻してなんとか会場へと足を踏み入れたが、うねる波のような人混みを前に動悸が激しくなってきた。


 大勢の人が集まったこの場所は、あの舞踏会と酷似していて嫌でもあの日のことが呼び起こされる。


 目の前であがる火柱、呪いだと叫ぶ声、一斉にこちらを睨んだ群衆が口々に吐く嫌忌の言葉。

 呪ってしまったかもしれないあの日のように、いつ同じことが起きるかと思うと怖くてたまらない。


 ざわざわと楽しそうな会話が飛び交う中に、呪いの二文字が今にも聞こえてきそうで手が震えだした時、急に声をかけられた。


「ごきげんよう、珍しい髪色ね。この日のためにお染めになったの?」


 ハッと顔を上げると目の前には数名の女性が立っていた。皆カラフルな花をモチーフにしたドレス姿で華やかだ。


「あらアネモネの乙女! マーガレットも。お変わりなくて?」


 返答に詰まって黙り込むサリアに代わって隣のアイリーンが応じる。彼女達も花の名前のついた乙女に仮装しているようだ。


「ええ、あなたも? フリージア。お隣の乙女はペチュニアの? 見ない方ね」


「ええそうなの。最近お知り合いになったのだけれど、彼女もオニキスの大ファンで意気投合しまして、是非この会にとお誘いしましたのよ」


「まぁ! そうなのね! あなたはどの回がお好きなの? やはりペチュニアの?」


「え⁈ えぇ……その……」


 聞かれても答えようがなくアイリーンに助けを求めるも、当の少女は既に隣を離れ立食テーブルの脇でシルクハットの青年と談笑していた。

 時間を無駄にしない乙女の行動は驚くほど早い。


「それにしても不思議な髪色ね。お染めになったわけではないのかしら」


「その仮面はペチュニアの乙女のものとは違うようですけれど何か理由が?」


「確かあちらにプレナイトの騎士がいらしたはず。あの日の少女がサフィニアではなくペチュニアだと見抜く感動的な名場面を、是非二人で再現していただきたいわ!」


 乙女達はサリアを囲み、口々に問いかけてくる。

 相槌もままならないが、それ以上に近距離で注がれる視線が怖くて堪らない。


 今、仮面が外れでもしたら。

 もしも呪いが強まっていたとしたら。


 この人達を呪い苦しめることとなる上、向けられている好奇の目が一気に軽蔑と嫌悪に満ちたものに変わるだろう。

 想像するだけで恐ろしく、あの舞踏会での出来事がフラッシュバックする。


 曖昧な返事で濁しながら、怯懦するあまり逃げ出してしまいたくなってきたその時だった。



「オニキスだわ」



 ザワッと入り口の方から声が上がった。

 目の前の乙女達の視線もそちらに向く。


 ひとまず解放され、サリアもホッとしつつ入り口を見やると、黒い人影が一つ会場に入ってきたところであった。



 全身真っ黒な長身の男性が一人、羽の付いたつば広の大きな帽子を被り襟を立てたマントを靡かせながら歩いてくる。


 目元は黒いマスクで覆われ、立てた襟が顔を隠して容貌は窺えないが、帽子のつばとの隙間からは瞳の深い青が覗く。


 真っ黒な出立ちの中、そこだけ違う宝石が嵌まったような紺青色の瞳は、つい目が引き寄せられてしまうほど印象的だ。



 初めて顔を合わせた時も同じようにこの瞳に吸い寄せられたと、サリアはオニキスに扮したドレイクに見入った。

 あの日も、奇異な後ろ姿に喫した一驚を一瞬忘れたくらい、この深い夜の色の瞳に強く心を掴まれた。


 あの時はただ綺麗だと思っただけだった気がするが、今は唯一味方してくれる夜に似た穏やかさに安堵する。

 そして己の芯の部分をみつめてくれるようなまっすぐな眼差しに、絶対的な信頼を覚える。


 この人の側でなら何にも怯えることはない。

 この人の前でなら、纏ったものを全て剥ぎ取っても変わらぬ眼差しを向けてくれるだろう、と。


 そう思った時、歩いてくるドレイクと目が合った。


 その瞬間、鼓動が急に先刻までとは違う音を立てだした。



 今までどうしても閣下と同列のトカゲとして見てしまっていたドレイクが、顔を隠している為に完全に人として見えたのだ。

 長身ゆえの長い足で迷わずに、こちらに紺青の眼差しを向けたまま真っ直ぐ歩いてくる、一人の人間の男性として。


 当然、本当はトカゲ姿だなどと思ってもみない周囲の人々は、オニキスの仮装の出来が良いのか驚嘆や感嘆を漏らしている。

 その中でサリアだけは別種の驚きを喫しながらドレイクをみつめた。


 今までも人であることを度々思い出すことはあったが、なまじトカゲ姿を目にし続けていたために人であるという認識が薄れがちだった。

 だからこそ数々あった出来事も流せていたのだ。


 しかし今、トカゲになど見えずただの男性にしか見えなくなったドレイクを前にその数々を改めて思い返すと、記憶が急に人の姿で上書きされていく。


 地下書庫や滑落しかけた際の不意の接触、暗い洞窟で二人みつめあったあの時間——。


 意識すると今までの比でないほどに顔が熱くなってきた。

 

 ドレイクは間違いなく人なのだ。

 わかっていたつもりだったが、今はっきりと認識した。



 そう、人なのだ、と動揺を抑えようと息を整えもう一度ドレイクの方へ目を向けると、一歩が大きいからだろう既に眼前に立っていた。

 周囲には目もくれず、紺青の瞳をサリアだけに向けて。


 心臓がさらに高い音を立てた。

 目の前の黒衣の人はもうトカゲには見えない。


 ペチュニアの前に立つオニキスに、まぁ、と周囲の乙女達から黄色い声があがった。

 小説の再現のようなロマンティックな場面を期待しているのだろう、熱い視線が注がれる。


 サリアもまた乙女達と同じように熱に浮かされたような心持ちでただただ青い瞳を見返した。

 この瞳には視線を逸らさせない力があるように思う。


 時が止まったのかと思ったくらいの間、しばしサリアはドレイクを黙ってみつめた。

 すると同じく黙っていたドレイクは、一つ整えるように息を吐くとスッと手を差し出し、ようやく言葉を発した。



「待タセテすマナイーぺちゅにあノ乙女ー」



 

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