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四十九話 愛だった証明


「そういうことですから、私とクラクス様が婚約を解消したとフランクの耳にも届くように広く知らせていただきたかったのですけど……呪いだなんて恐ろしい話、やっぱり公表出来ませんわよね」


 はぁ、と溜め息を吐きながら、アイリーンはカップに口をつけた。

 彼女の中ではもう綺麗さっぱりドレイクとのことは過去になっているようだ。


 解呪は望めそうにないと落胆するサリアだったが、何故だか胸につかえていたものは消えた気がした。


「君の意向に沿えず、すまないな」


「いいんですの、わかってましたわ。だからこそ、お願いしたいことがございますのよ」


 にっこり微笑んだアイリーンに、はたとサリアは思い出す。

 そうだ、すっかり忘れていたが、確かドレイクと自身にお願いがあると言っていたのだ。


「頼みとは?」


「他でもありませんわ。要はフランクに、私が悲劇的に婚約を解消したことを知らせられれば良いんです。ですからね、二人には今度の会合に一緒に参加していただきたいんですの。そしてフランクの前で一芝居打っていただきたいんですのよ。私の元婚約者と、それを奪い取った悪女として」


 キラキラした笑顔のまま、アイリーンはピッとサリアを指差す。


 急に予想外のことを言われたサリアの方は、目を丸くして素っ頓狂な声をあげてしまった。



「——へぇっ⁈」



「大丈夫よ、これでも顔が利きますの。私の知り合いということならゲスト参加可能でしてよ。衣装だって——」


「い、いえ、そうではなくて……婚約者を奪い取った悪女って……演じるってどういうことですか⁈」


「もう! 察しの悪い方ねぇ!」


 いい? とアイリーンは推理小説のクライマックスよろしく、席を立つと歩きながら説明を始めた。


「私達の婚約解消は公表出来ない。だけどそれでは私が誰のものでもないと知らせられない。そうなると分別を弁えているフランクは私に告白するチャンスがありません。そこでフランクの前でお芝居をして、私が手酷い扱いを受けて婚約解消したのだとわかってもらいますの。私に告白するのに何の支障もないのだとね!」


 ふふん、と得意気に鼻を鳴らしたアイリーンは、トントンとこめかみを指で叩いてみせた。


「脚本はすでに頭の中に出来上がっていましてよ」


 アイリーンはサリアが口を挟む間もなく自慢の脚本を披露する。



「ひょんなことから知り合って仲良くなった私と黒ずくめのあなた。乙女クラブに恋人同伴で遊びにいらっしゃいと軽い気持ちでお誘いしたのが悲劇の始まり。あなたが連れてきた男性は誰あろう、私の婚約者クラクス様だった! ああ、なんてこと! 問い詰める私にクラクス様は非情にも婚約破棄を突き付ける。その隣では私達の関係を全て知っていたあなたが悪どい笑みを浮かべていて……酷いわ、こんな裏切り! 泣き伏す私。けれど優しいあの人が救いの手を差し伸べてくれる。そう、彼の名はフランク」



 うっとりと自作の計画に酔いしれて語り終えたアイリーンは、サリアへ向き直るとまたにっこり微笑んだ。


「どう? 素敵でしょ? 演技プランはお任せするわ。多少ならアドリブも脚色もOKよ」


「お任せって……演技なんて無理です、お引き受け出来ません。第一、私は人の大勢いるパーティーなんて——」


 また、あの仮面舞踏会の時のように、誰かを呪ってしまうかもしない。


 背筋が凍る思いがして、自分が危険な存在だと認識し直したサリアが断ろうとすると、アイリーンが突如として抱きついてきた。


「わかってますわ! お可哀想に、きっと火事にでもお会いになってお顔に消えない傷痕が出来てしまってますのね。でもそんなことでパーティーを楽しむ資格がないだなんて、卑屈になることありませんわ! ちょっと仮面のチョイスにセンスがありませんけれど……傷痕がなんです、あなたは十分に素敵よ。人前に出ることを恐れてはいけないわ。それにね、オニキスには仮面の乙女は定番と言っても過言ではないくらいに数多く登場するのよ。気にすることはないわ。仮面のままでも楽しめる、それが秘密の乙女クラブなのだから!」


「いえ、そういったことを気にしているわけでは……」


 助けを求めてチラリとドレイクの方へ顔を向けると、何の意を汲み取ったというのか、アイリーンはサリアの視界へ遮るように割り込み頻りに頷いた。


「クラクス様の心配ね? それだって大丈夫よ。事は全て私達の仮装グループ内で済ませますもの。他の皆様の手前、お名前も伏せますわ。我が国の王太子が冷酷非情な浮気野郎だなんて噂が立つことありませんわよ」


「そんな心配……ではありますけどそうでは——」


「呪いの件だって大丈夫! オニキスはつばの広い帽子を被って、目元を黒マスクで覆い、立てたマントの襟で顔を隠していますもの。誰も正体がトカゲだなんて気づきませんわよ!」


 口を挟ませる暇も与えずアイリーンは畳みかけるように懐柔しようとしてくる。


 なんとか断らなければいけないのに一言発する間に十返って来るので、こちらの話を聞いてももらえずサリアはたじたじとしてしまう。


 するとアイリーンはこちらはもう十分とばかりに、竜、とボソッと訂正したドレイクに振り向いて懐柔の矛先を替えた。


「ね! クラクス様! ご協力いただけますわよね? あなたの愛した婚約者アイリーンの最後のお願いですわ! これまでの愛の証明と新たな幸せへの(はなむけ)として、協力してくださいますわよね」



 計算などではないのだろう。


 アイリーンとは純真無垢で自信に満ちて、世界の全てから愛されているのだと実にナチュラルに確信し微塵も疑ってはいない人なのだ。


 だから今の発言も、何ら裏に意図のない言葉どおりの思いから出たものだろう。


 しかしそれは受け取ったドレイクにとっては、義務と罪悪感と贖罪と色々なものをない混ぜにして今日までアイリーンに接してきた感情に、鋭く突き刺さるものになったようだった。


 それまで若干苦い顔を作って愛すべき人を見守っていたドレイクは、急にどこか遠い目をした。

 その顔にサリアは嫌な予感がしたが声をかけるには一呼吸遅く、ドレイクはアイリーンに笑いかけると静かに頷いた。


「……ああ、わかった」

 

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