四十七話 舞い戻った乙女②
「まぁ、さすがクラクス様だわ。ご用意がよろしいのね。私の好きなガトーだわ」
温室に用意されていたティーセットを前に、アイリーンがはしゃいだ声を出す。
内密に話したいことがあるというアイリーンの言葉を受けて、三人は人払いをしてある温室に来ている。
「だけどお茶のチョイスが良くなくってよ。これに合わせるなら〈ハニーハニーキャラメルクリームショコラ〉一択ですわよ。クラクス様ったら、私の好みをお忘れになって?」
「すまない、合うものをと用意させたものだから」
「センスがないわ、係の者を替えた方がよろしくてよ? 係といえば……給仕はおりませんの?」
用意されていた二人分の席の一つに迷うことなく座り、アイリーンはキョロキョロと辺りを見回す。
当然ながらアイリーンの参加を予期していなかったのでその二人分に彼女は含まれていないのだが、実にナチュラルにお茶会の中心になっている。
「あ……私が致します」
「あら、ありがとう。クラクス様もお立ちになっていないでお座りになりましたら?」
いつの間にか場を牽引するアイリーンに、少しばかり気後れしてしまったサリアがティーポットに手をかけると、ドレイクがすまなそうな顔を向けた。
子どもの悪戯を代わりに謝る父親のような表情だ。
それが可笑しくて、サリアは仮面に隠して苦笑しながら席を勧めお茶を注いだ。
「なるほどベリー系ですのね、悪くはないわ。だけど後味の酸味が口の中をリセットしてしまう気が……甘い物にはより甘い物を重ねて口内の幸せを逃さないようにしないといけませんのに。ねぇ、あなたもそう思いませんこ——」
「ところでアイリーン、話とはなんだ?」
場を掌握し続けるアイリーンだったが、付き合いの長いドレイクは間隙をつくタイミングがわかっているようだ。
本題を思い出させることに成功し、このまま続くかと思われたお喋りが漸く止まった。
「ああ、そうでしたわ。お話というのは他でもありません、私達の……婚約解消の件についてですの」
来た、とサリアはドレイクにカップを差し出しつつ思う。
やはりアイリーンは婚約解消を撤回に来たのだ。
彼女はドレイクにベタ惚れだったと聞いている。
あの夜は十分な心の準備もなく、不意打ちでトカゲ姿を目にした為に反射的に拒絶してしまったに過ぎなかったのだ。
時間を置いて状況を理解し終えた今、きっと芽生えたに違いない。
愛する人を助けようとする気持ちが。
キスを交わして呪いを解こうとする思いが。
サリアは向かいあって座る二人を見比べた。
深くフードを被って鼻先だけを覗かせたトカゲが少女を真摯にみつめ、愛らしい少女は上目遣いにチラチラと視線を送り返している。
姿はともかく、美しい温室でお茶を楽しむ可愛らしいカップルにしか見えずお似合いだ。
だが、これがあるべき形でそこへ戻るのが正しいのに、何故だかチクッとまた胸の奥が痛んだ気がした。
「婚約解消の件というのは、具体的にどういったことだ?」
「その……解消の公表はまだですのよね。そのことで……」
やはり。
アイリーンは撤回に来たのだとサリアは確信する。
周知前ならやり直せる。
これで呪いは解けるだろう。
微かにチクチクする胸を押さえ、サリアは期待を込めてアイリーンをみつめた。ところが。
「それで、公表なのですけど——」
「アイリーン。このようなことになって、君に不快な思いをさせて申し訳なかった。この件に関しては、君の不利益にならないようなるべく静かに公表させるつもりだ。ただ、無用な心配と混乱を避ける為、私のこの姿と呪いのことは伏せねばならない。最良の形で公表出来るまで今しばらく待って——」
「それじゃぁ困りますのよぉっ!」
困る! とアイリーンは突然大きな声を出して立ち上がった。
急な大声に驚いて、サリアとドレイクは目を剥いてアイリーンをみつめる。
「こ……困る?」
「そうですわ! そんな対応じゃ困りますのよ!」
何が困るというのか。理解できず、給仕に徹しようと思っていたサリアも、つい二人の会話に入ってしまう。
「あの、困るというのは、婚約解消を公表されては困る、ということでしょうか……?」
それならば納得できる。
復縁を望んでいるのに解消を周知されてしまってはややこしい。
しかしアイリーンは更に大きな声で言った。
「違いますわよぉっ! はっきりと大々的に公表していただかなくては困ると言ってますのよ! だって私に婚約者が不在となったことを知らなければ、フランクが私に告白する機会が訪れないじゃありませんの!」
「……フ、フランク……?」
そうよ! と怒ったような顔をするアイリーンの前で、サリアとドレイクは思わず顔を見合わせた。
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